2013年03月31日

「そばの日」に読む『 蕎 麦 と き し め ん 』 by  清 水 義 範


こんにちは、今日も来て下さってありがとう。


3月31日は「そばの日」です。

蕎 麦・・・となると真っ先に思い浮かんだのが、やはりコレかなあ。


はい 今日の読書は 『 蕎 麦 と き し め ん 』 です。

著者: 清水 義範    講談社   講談社文庫



『 蕎麦ときしめ ん』は 初出が1984年で 単行本化されたのが1986年。

かれこれ27〜28年前なんですね。


清水氏の名を知らしめたのはこの作品ですが、デビュー作はもう少し前の1977年。

『エスパー少年抹殺作戦』・・・・・??


うーん、多分あなたも御存じないと・・・思うよ・・。

タイトルからも察せられるように、ジュヴィナイル物だけど

私も全く知りませんでした ww



初めて氏の作品を読んだのは『 黄金の空隙−-高野山秘宝伝説 』という 伝 奇 S F

書店のPOPに “ 半 村 良 の 弟 子 ” とあったのを見て 家族が買ってきました。

私も家族も半村 良(1933〜2002)の大ファンなので、大いに期待して読んだものの、


二人とも感想は・・・まあ云わぬが花、かな www

一度読めばそれで充分、その内に古本屋にでも持っていくかと思い、そのまま忘れていました。

半村良の 劣化版 いや 下手くそな いやいや 余り面白くなかった

つまり そのォ 興味が感じられなかったので ・・・


えー、とにかく まあ、そういう位置づけの作家さんだったのですよ。

半村良のエッセイには「 名古屋の清水君 」として時々は登場していたのですが。


清水氏は 子ども時代からのSF好きで、半村良を師と仰ぐだけあって、SF志向があったそうですが

敢えて言えば、この方はSFを書くには向いていないような??? ( 気がする )


真面目な方だそうですが、SFに必要なセンス・オブ・ワンダーが

決定的に いや、少々欠けているような・・・?




で、ブレイクした『 蕎麦ときしめん 』です。 出版されたのは1986年。



丁度そのころ 私は名古屋に住んでいました。

どの書店でも 多面積みにしてPOPを付けて もォ大変!


タモリがTVなどで、名古屋の事を面白おかしく誇張して笑いを取っていたので

書籍の企画としてはタイムリーなものだったのでしょう。

“ 名古屋本 ”のさきがけとなった作品でもあります。



さて、『 蕎麦ときしめん 』を紹介する時には よく

パスティーシュ 小 説 ”と呼ばれていますが・・・



“ パスティーシュ 小説 ”ですって?



元来、こんな言葉はありませんでした・・・無かった様な気がする・・

パスティーシュ pastiche は 美術用語で 元来の意味は “ 模 造 品


もしくは“ 模 倣 作 品 ” ・・・余り良いイメージはないような?

連想していくと、物まね・偽物・・のようなイメージがありますから。

( 他に、寄せ集め とか ごたまぜ 等の意味があります )



この言葉を“ 小説 ”につけたら むしろマイナスのイメージになるのでは・・・・

しかし、清水氏の場合には そうなりませんでした。


むしろ、創作上の新しい技法と 認識されて、誉め言葉として機能したかな。

これまでに無かった ちょっと 風変わりで 面白い作風・・という意味で。


しかも、この“ パスティーシュ小説 ”というコピーは、

清水氏の作品を 載せた小説誌が( 確信的に )つけたもの。


清水氏自身が


これだよ、これ、と思った。模倣という言葉がいい。

私が書きたかったのは、模倣という作業によって、もとのものとは 別種の、

次元の異なる面白さが出てくるような、そういう小説だったのだ。


( 中略 )

そんなわけで、パスティーシュというラベルをつけてもらって、

初めて私は自分のやりたいことをはっきり認識できたのだった。


『 蕎麦ときしめん 』あとがき より  

( 一部抜粋 )



『 蕎麦ときしめん 』は東京から転勤して 名古屋で働いている会社員が書いた

名 古 屋 人 論 ( ややこしいね )という設定で書かれた小説。


一見、名古屋論のように見えますが、やはり小説でしょうね。

内容云々よりも、着想に卓抜さがあります。


かなり誇張されていますが、

清水氏が名古屋人であるからこそ 書けた作品ではないでしょうか。



巻末に収録されているのが『 き し め ん の 逆 襲 』

『 蕎麦ときしめん 』の 後日談の体裁を取っていますが、最後に絶妙なオチがあります。

でも、このオチは・・・半村良の短編 『 夢の底から来た男 』のオチにそっくり www


( 師匠・半村良へのオマージュとも考えられますが )


ちなみに、登場する名古屋人の姓名ですが、すべて名古屋の地名になっています w

( 本山・栄・池下・植田・伏見など )



この短編集に収録された他の作品については・・・


『 序 文 』

序文、とありますが この短編集の序文ではなく あくまでも『 序 文 』という

タイトルの短編小説です。

学術論文の 序文体裁をとって 奇想天外な発想をする学者とオチが 絶妙でした。


その他、司馬遼太郎と阿佐田哲也の 文 体 模 写 をした作品などもあり

内容は 清水氏ならではで、改めて読み直しても興味深い。



この短編集と同じテイストの 『 国 語 入 試 問 題 必 勝 法 』 も、

出版当時は 書店の学習参考書のコーナーに置かれてしまった ww のですが、

今でも読み継がれているようで嬉しいな。



さて、今回読み直して気が付いた事を少々。



『 蕎麦ときしめん 』の中で、“ 名古屋(の位置づけ)は 世界の中の 日本のようだ ”と

語られていますが

作家としての 清水氏の 位置づけも 極めて“ 名 古 屋 ”っ ぽ い のでは?


清水氏は 名古屋で生まれ育った方ですが、 作 家 と し て の “ 在 り 方 ”

非常に“ 名古屋 ”っぽいと感じさせられました。


これは誉め言葉です。

( 名古屋市には 丁度10年住んでいましたが 住みやすく

人間関係にも恵まれて 居心地の良い街という印象があります )



毎度の事ですが 異論・反論は認めますから ww



清水義範氏の作品は“ 名古屋 ”の位置づけを具現化しているような気がするのです。


どういうことかと言えば・・・・・メジャーになるのは困難であるというか・・・


しかし、それで良いのではないかとも思うのです。

すべての都市が ”東京 ”になっては・・・おかしいのでは?



すべての作家が 村上春樹のようにノーベル賞の候補に 挙げられるわけではないよね?


清水氏は 直木賞は3回とも取り逃がしたし 文壇の大きな賞には縁が無かったけれども・・・


でもでもでも・・・2009年には 中日新聞の中日文化賞を受賞したんだから!

そして 名 古 屋 市 の 輝 く名 誉 市 民 でもあります。


清水義範氏よ、もって 瞑すべし! 


VIVA名古屋!   味噌カツは美味!  ひつまぶし万歳!( えっ? )



さてさて、今日はこれでおしまい。


また、明日ね。





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2013年03月30日

「みその日」に読む 『 もだえ苦しむ 活 字 中 毒 者  地 獄 の 味 噌 蔵 』 by 椎名 誠


こんにちは、いつも来て下さってありがとう。


3月30日は「みその日」、というか毎月30日が「みその日」になります。

なので、とりあえずは本のタイトルに“ 味 噌 ”の付くものはと考えて( ← 安易ですね w )



はい 今日の 読書は 『もだえ苦しむ 活 字 中 毒 者  地 獄 の 味 噌 蔵 』

著者:椎名 誠     角川文庫



著者の椎名 誠氏(1944〜)は、お若いイメージがあるのですが

もう70歳近いお年なんですね・・・。


出版デビューされたのが1979年で、その軽妙な 話し言葉で書かれた独特の文体が

“ 昭 和 軽 薄 体 ”なぁんて呼ばれた方でした。


しかし、御本人的には不本意だったらしく 「 さらば 昭和 軽薄体 」

というエッセイで もうこの文体では書かないと宣言。

その後は 私小説方面に 舵を切り替えられたようです。


椎名氏の作品で初めてまともに読んだのは 『 岳 物 語 』 だったかな?

息子さんの岳君をモデルにして、彼が 幼稚園児〜小学校の高学年までの

時期をテーマにして、父親サイドから見た私小説です。


甘いようですが、私はこれで椎名氏の作品イメージがかなり変わりました。

それまでも、雑誌に掲載されている椎名氏のエッセイというか 雑文( ← コレ失礼な言い方ですね )を


読む機会はありましたが、あくまでも読み捨ての雑誌のコラムとして

一応は読むのですが、それっきりで忘れてしまう・・・わざわざ本を

買い求めてまで 読むまでもない人・・と思っていましたから。


ファンの方、ごめんなさい。


『 岳物語 』は今読んでも結構面白く感じますし、この作品を椎名氏の代表作と

呼んでも差し支えないような・・・?

確か、国語の教科書にも載ったり 試験問題にも出題された事もあるのじ

ゃなかったかなあ・・・・・



さて、この 『もだえ苦しむ 活字中毒者 地 獄の味噌蔵 』は初出が1977年、

椎名氏が氏が 編集長をしていた「 本の 雑誌 」に掲載されたものです。



発行人の 目 黒 孝 二 氏をモデルにした軽めの 面白小説で

全編これ 目黒氏をパロディにしたような “ めぐろ・こおじ ”なる

人物が登場します ww



まさに目黒氏そのものといって良いような“ 活 字 中 毒 者 ” !!




めぐろ・こおじは 台所の椅子にキチンとすわり、どんどんどん

読みすすめていくのである。


「だいたいはじめの一冊でどのくらいの 時間がかかるの?」と、

ある日おれは彼に聞いたことがある。


めぐろ・こおじは、このようにして、酒をのんで家に帰ってから

ハードカバーの単行本を 明け方四時頃までのあいだに 最低二冊は

読んでしまうのである。


(中略)

「 文庫だったら、小説本で二時間ぐらい、ハードカバーだと、やっぱり三時間! 」


(一部抜粋)


さて、なぜに 味噌蔵が出てくるかというと

めぐろ・こおじとケンカした仕返しに、彼をだまして 味噌蔵に閉じ込めてしまうのですよ。

知人宅の 味噌蔵には 明治時代の珍本が沢山あるらしいと嘘をついて w


閉じ込めるだけではなく、バッグも取り上げて、つまり一冊の本も持たせずに、ね。

さあ大変、活字中毒者が 本を読めなくなる状態が続くと・・・・・?


禁断症状を起こして苦しむめぐろ・こおじ・・・その様子をバカバカしく

綴った、ただそれだけのお話なんですが www




「 本の雑誌 」社は 椎名氏と目黒氏が設立した会社 で、初めは 趣味の延長みたいな

読書・本に関するコラムやエッセイを雑誌化して発行したもの。



スタート時は 直接書店に持ち込んで販売している 直販方式をとっていました。

( その後は問屋である取次ぎとの取引も出来るようになりましたが )


目黒氏は営業も兼ねていたので、よく書店を訪問していたのですが、

この作品が「 本の雑誌 」に掲載されたあとは、よく書店人から

「 あー、目黒さんって・・味噌蔵に閉じ込められた人? 」とからかわれたそうです。



その他、この文庫本には「 本の雑誌 」や「 噂の真相 」その他の 雑誌や新聞に

掲載されたコラム等が載っていますが、さすがに時代を感じさせるかな?


しかし、「 インチキベストセラー 」 「 ゴキブリ雑誌を踏みつぶせ! 」など

現在にも通用するものも多い。



それだけ 出版状況が変わっていない(つまり良くもなってもいない)せいかもしれませんが。

いや、むしろ悪くなっているのかな、佐野眞一が嘆くように・・・



ところで・・・・・


あなたは「 週刊文春 」をお読みになったことがあるかしら。

たまにでも目を通す事があれば 御存知だと思うけど

椎名氏の 連載エッセイ 「 風 ま か せ 赤 マ ン ト 」は今年度3月末で終了になります。

1126回 約20年余り続いたわけですね。


まあ、お疲れ様の意味と敬意をこめて、今日は椎名作品を採り上げられて良かったかなぁ・・・


ちなみに、“ 活 字 中 毒 者 ”という言葉を知ったのも この方のエッセイから。


あー、私もそうかも? と思い、以降は 私も真似をして

“ 活字中毒者 ”を自称するようにww



さて、今日はこれでおしまい。

また明日ね。



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2013年03月29日

「明治政府・入れ墨 禁止令 発令の日」に読む『 彫 物 』by 宮尾 登美子


こんにちは、また来て下さってありがとう。


3月29日は 「明治政府が 入れ墨 禁止令を 発令した日 」です。

1872年(明治5年)のことでした。


明治政府が 禁止した理由は、近代国家への体裁を整えるためでしたが

入れ墨の技術は ア ン ダ ー グ ラ ウ ン ド で引き 継がれて行き

終戦後の 1948年に 廃止されています。



日本の入れ墨の歴史は古く、「 魏志倭人伝 」にも邪馬台国の 倭人たちの事が

「男子皆黥面文身」と記述されています。

顔に入れ墨をする事を黥面(げいめん)、文身は体に入れることですが、

地域や身分によって文様が異なり、身を守る 呪術的な意味合いが強かったようです。
  


江戸時代に 刺青文化を流行らせたのは 中国の『 水滸伝 』の人気が

影響したようですね。

また、火消しや侠客の人たちの 心 意 気 を 表 現 す る 手 段 としてブレイクしました。

徳川幕府も何度か禁止令を出していますが余り効果もなく、

ぬるい結果に終わったようです。


禁止令が何度も出た = それだけ守られなかったという事 ww


しかし、同時に 江戸時代では 犯 罪 者 へ の 刑 罰 として入れ墨が用いられました。


時代劇でよく見るのは 腕の 周囲にリング状に目立つように 黒い墨を入れることでしょう。

一目見て 前科者 と分かるようにね。

また藩によっては顔・額等に目立つように入れたそうです。



海外事情は別にして、日本では近世以降、 入れ墨の位置づけが



芸 術 的 な 身 体 装 飾 と い う プ ラ ス 面

刑 罰 & 反 社 会 性 と い う マ イ ナ ス 面



この相反する意味を持って発展・継続してきたのは興味深い。

この 2つの意識 は現在にまで 引き継がれていますから・・・・・



さて、この日のテーマに合わせて真っ先に思い浮かんだのが 大谷崎の『 刺 青 』・・・

多分、一番連想する人が多いのではないでしょうか?


その次が 世界的ベストセラーになった『 ミレニアム 』三部作かな?

ヒロインのリスベットのドラゴン・タトゥーが印象的でした。



随分と迷った末に決めたのが、余り知られてはいない作品ですが・・・



はい 今日の読書は 『 彫 物 』です。

著者: 宮尾 登美子  文藝春秋社  文春文庫


短編集『 菊 籬 』に収録


宮尾登美子氏はあなたもよく御存知の 実力派の人気作家です。

デビュー作である 私家版 『 櫂 』 以来、傑作が多すぎて代表作は何か

と問われても迷うほどの力作ばかり。


この『 彫 物 』(ほりもの)は、短編集に収録されていますが

宮尾氏には比較的少ない 現代物の作品です。

非常に印象深かったのでこの作品を取り挙げてみました。



実は、初めて読んだ時に思い出したのが 谷崎の名作 『 刺青 』です。



こちらは 刺青師の男性を主人公にした 彫 る 側 の 立 場 で書かれた物語ですが

宮尾氏の『 彫 物 』は 彫 っ て 貰 う 女 性 の 立 場 で書かれた物語


『 刺 青 』の主人公の 彫師は、己の 芸術的 願望を美しい女性の 光輝ある肌に

植えつけたいと願う男であり

谷崎のフェティシズムとマゾヒズムが見事に融合した作品。


宮尾氏の作品は、もっとリアルで生々しい 女性の 欲望 が描かれています。



舞台は昭和50年代くらいの浅草。

主人公が 花柳界の女性なので お得意の宮尾ワールドかと思ったのですが

芸に生きる真摯な姿は描かれていません。



主人公・幸代は二度目の母との折り合いが悪く、早くに家を出て

浅草の置屋に入りました。


芸妓といっても、昔のように借金に縛られることはありません。

しかし、ずっと上手くいかないのが男性関係・・・・・

いつも 決まったように向こうから 足が遠のくか、ひどい言葉を投げつけられて

終わるかの どちらかばかり。


幸代は、自分が男性に愛されないのは 浅黒い肌の色や 毛深い体質、

魅力のない身体つきのせいかと悩み・・・・・



彫物は体へ 刺繡する故に 花繡とも呼ぶのを考えれば、あの朱と青の

鮮やかな絵で自分の生身を彩ってもらえば、黒い体も一変して美しく

生まれ変るのではないかとふと思われて来るのだった。


(一部抜粋)



一種の 変 身 願 望 なのでしょうか?

それとも、いまどき風に言えば(芸能人の方が主張しているように)

自己表現の一種として 前向きの姿 勢?で墨を入れる覚悟なのでしょうか?


しかし、現実問題として 女性の身で入れ墨など彫れば 周囲の目もあるし、

知られたら 浅草を村八分にされはしないかと迷います。


しかし、お座敷でたまたま 入れ墨の話題が出たときに、

かつて浅草で 彫物を 看板にしていた人気者のお姐さんがいた事を教えてもらい

幸代の決心は固まります。


自分が生まれ変るためには 背中に鮮やかな美しい入れ墨を入れるしかないと

思い込んでしまうのですが・・・


はい、ここで あなたは思うかもしれません。


もしかして、容姿の問題ではなく そういう性格だから男性にふられるんじゃない?


いやいやいや・・・そこに気付いてしまうと この物語は成立しませんから ww



最近では若い世代に入れ墨ならぬ “ タトゥー ” がファッションとして

流行と聞きますし、芸能人の方などで 敢えて誇示していらっしゃる方もいるようですね。

その根底にあるのは、この幸代と同じような 価 値 観 なのでしょうか?



教えられた、名人と評される彫師・彫康を訪れ 彫って欲しいと 頼み込む幸代

しかし、女性の場合は 先々結婚もあるしあとで 後悔することも多いから

彫らないと あっさりはねつけられます。


しかし、自分はもう「 男 絶 ち 」をする、結婚もしないし子供も産まない、

男と同じに 彫って欲しいと食い下がりOKしてもらいます。



そして、激痛をこらえ 背中に美しい 弁財天が彫り進められていきます。

期間は 約2年で 料金はこの頃で2〜300万円くらいでしょうか。

で、無事に彫りあがって めでたしめでたし・・・とはなりません。



実家に戻った時に、腹違いの美しい妹・昌代に 完成間近の背中を

見られてしまうのです。


昌代は 姉の入れ墨に興味を持ち 一緒に 彫康の所を訪れ、

その技術と美しさに惚れ込んでしまいます。


あろうことか、 自分も彫ってもらおうか と言い出し

しかも彫康自身も乗り気の様子に、幸代は焦ります。



なぜならば、ずっと彫ってもらっている間に、幸代の心には

彼への好意が生まれていたから・・・



さて、ここから、幸代の本来の目的が変化してきます。

あくまでも自分自身のためであった入れ墨が、妹に対抗するためのもの に変質していきます。



他者に対抗するための手段になって来るのです。



幸代は 背中だけではなく 下腹部から 局部にかけてまで

美しい絵柄で墨を入れる決心をします。



そうして・・・・・



物語は 皮肉極まる オ チ で終わります。


沈む 直前の夕陽が 壁の絵金のいろに映え、その照り返しの朱を

満面に 浴びた昌代の 白い背には


(一部抜粋)


幸 代 は 何 を 見 た と 思 い ま す か ?

多分、あなたは もう気が付いているかもしれないけれどね・・・・・



文庫本で40ページ程の 短編小説ではありますが、

実は この作品の中で一番 魅力的に上手く描かれているのが

この彫師の男性なのです。


宮尾氏は 芸の道を 追及する人間 を描くのに優れた方 ですから

このテーマをもっと掘り下げて欲しかったなぁ、と望むのは

読者のワガママかもしれませんが・・・



さて、この短編集には 8編の短編が所収されていますので、他の作品の事も少々・・



『 菊 籬 』(きくまがき)

表題作です。宮尾氏ご自身の育ったお家を思わせる設定ですから

ファンには馴染み深い『 櫂 』の世界ですね。


まだ幼かった主人公の目から見た“ 菊 ”の姿が描かれています。

『 櫂 』執筆時より さらに時間が経過してからの作品のせいか

どこか温かい視線が感じられます。



『 自 害 』&『 水の城 』 

両方とも 老女の一人語りの形式を取っています。

時代の変わり目に行き合せた人間の悲劇を 第三者の目から語らせて

哀れが深い作品。



『 村芝居 』

脱稿したのが1948年。

宮尾氏が満州から引き揚げて 高知の御主人(当時の)の実家で

暮らしていた頃の作品になります。


農家の嫁としての 経験を元にして書かれたものですが

作品としては・・・・・『 櫂 』以降の作品には及ぶべくもありません。

しかし、ファンとしては ( 幻ともいえる )デビュー以前の作品

読めたのは嬉しいことでした。


さてさて、それでは 今日はこの辺で・・・

また明日ね。






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