2013年03月25日

「日本初の長編 漫画 映画が封切された日」 に読む 『 桃 太 郎 』


こんにちは、今日も来て下ってありがとう。


3月25日は「 日本初の長編漫画映画が封切された日 」です。 長いね ww


で?  読む本が『桃太郎』ですって??   何それ???


はい、その漫画映画のタイトルが・・・『 桃 太 郎 の 海 鷲 』 なので w


公開年月日は1943年(昭和18年)3月25日。

太平洋戦争下の戦意高揚映画でした。



ミッドウェー海戦で米軍に大敗したのが1942年6月ですから

そろそろ敗色が濃くなってきた時期、かな。


この後、アリューシャン列島アッツ島にて日本軍が全滅、

大本営発表で初めて“玉砕”という言葉が使われた・・・

まあ、そういう時期に作られた漫画(アニメーション)映画です



はい、今日の読書は 『 桃 太 郎 』 です。


なんだか苦しいセレクトですね。 いや、我ながらそう思いますが ww

「桃太郎」のお話については今さら説明の必要もないのですが・・


桃から生まれた桃太郎は、おばあさんから黍団子を貰い 犬・猿・雉を

従えて鬼が島に鬼退治に行きました。そして財宝を手に入れました。

めでたし、めでたし・・・


ざっくりと表現すれば こんなところでしょうかね。


ただし、「桃太郎」ストーリーがこの形に定着したのは明治時代。

童話作家の巌谷小波が「日本昔話」にまとめ、教科書にも載せられるようになってから。

意外と新しいような?



ただし、日本の伝承民話としての「桃太郎」については語り尽くせぬ程の

バージョン&バリエーションがあります。

ゆかりとされる地も岡山県を始めとして 日本各地に存在しますから。



また、民俗学的・文化人類学的考察についても数限りなくありますし、

「鬼」「桃」「犬・猿・雉」などのキーワードやアイテムについても

同じことで、とうてい今日一日分では語りつくせないのですが・・



「桃太郎」を物語に組み込んだ良質なミステリもあるのだけれど・・

いや、そもそも「鬼」とは何を意味するのか、という命題のミステリなんですが。



多分、別な日にお話しする機会も有るかもしれません・・・・



そしてまた、この「鬼退治」の意味するところも 実は興味深い。



知人の息子さんは、大学でディベート研究会に所属していますが

この「桃太郎」をテーマとしてディベートする事もあるようですよ。

すなわち、「桃太郎」と「鬼」とでは、どちらが“ 善 ”で どちらが“ 悪 ” であるか、と。



「桃太郎」側と「鬼」側に分かれてディベートするそうです。

最近では、桃太郎が侵略する側として不利だそうですが ww



ちなみに、『 桃太郎と海鷲 』はもっと単純。

素朴な昔ながらの『桃太郎』のストーリーを 1941年12月8日の

真珠湾攻撃に当てはめたもので、海軍省報道部が企画したもの。



役割としては、桃太郎が「日本」で 鬼が「米英」 分かりやすいね。



時間は37分で、映像その物は残されていないようですが

おそらくは 当時の日本のアニメーション技術としては 精一杯の

出来映えではなかったでしょうか。



その後、1945年4月15日に姉妹編として『 桃 太 郎 海 の 神 兵 』

公開されました。


制作は松竹動画研究所。こちらは技術レベルもぐっと上がり 時間は74分。



この作品が大阪の松竹座で封切りされたとき、大阪帝大付属医学専門部の

ひとりの医学生がこの作品を観て 深く深く感動しました。


単なる戦意高揚の意図で作られた作品ではなく、その演出中には

(秘められてはいても)平 和 へ の 願 い や 希 望 が あ る ことをキャッチ

できたから・・・またキャッチ出来る感性の持ち主だったから。



この医学生が誰だったのか、もう あなたは見当が付くでしょう?

そう、 手 塚 治 虫 です。



後に 手塚治虫は 自分がアニメーションを志したのは、

この作品を観てからと語っています。



この『 海の神兵 』の方は、何度かテレビでも放映されているのですが

あなたは御覧になったことがあるかなぁ・・・無いかなぁ・・・・・


私は一度だけですが、NHKの朝番組でこの作品の一部が紹介され

たときに観たことがあります・・・



ミュージカル仕立ての陽気なシーンだったので びっくりしましたよ。



アニメ技術については、私はド素人なのでよく分からないのですが

それでも、空襲下の劣悪な環境の中で創り上げたクリエイターたちの、

より良いものを創り上げたいという クリエイターたちの意地と技術

を感じ取ることはできたような気がするなぁ・・・・



今日は、取りとめもないお話でした・・・・・

では、また明日ね。







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2013年03月24日

「 檸 檬 忌 」に読む『 檸 檬 』 by 梶井基次郎


こんにちは、また来て下さってありがとう。

3月24日は「 檸 檬 忌 」です。


そう、作家・梶井基次郎の忌日(命日)ですね。

「レモン忌」では感じが出ません w

やはり 彼の作品どおりに 『 檸 檬 忌 』でなければ・・・!



はい 今日の読書は 『 檸 檬 』です  著者:梶井基次郎

新潮文庫  ちくま文庫ほか



梶井基次郎(1901〜1932)が肺結核で亡くなったのは 31歳のとき

若い若い余りにも若すぎる死でした。


残された作品はわずかに 20編。

地味な同人誌に発表されたものが殆どで

商業誌(中央公論)に発表されたのは、『のんきな患者』のみ。


この作品が直木三十五、正宗白鳥によって新聞の時評に 採り上げられ

その後、小林秀雄が 好意的な書評を載せて ようやく世間に認められそうな矢先の死・・・



しかし病気というものは決して学校の行軍のように弱いそれに堪え

ることのできない人間をその行軍から除外してくれるものではなく、

最後の死のゴールへ行くまではどんな豪傑でも弱虫でもみんな同列

にならばして嫌応なしに引き摺ってゆく――ということであった。


『 のんきな患者 』より抜粋  これは最終部分です。



梶井基次郎が「最後の死のゴール」にたどり着いたのはこの作品を

発表してから2ヵ月後でした。



独身のままでしたが、恋愛の経験も(多分)無かったでしょうね。

三高時代に好きな女学生に ラブレター代わりに 自分の作品を贈ったそうですが、

あっさり拒否されたみたいですし。



彼の短編に 『 愛 撫 』 という悩ましげなタイトルの作品がありますが、

相手は女性ではなく ですから w


ほら、猫のペラペラした耳を切符切りでパチンとやってみたいと

夢想する話ですよ。


猫の柔らかな手を化粧道具に見立てたり、前足のプクプクした肉球を

閉じた目蓋にあてがうと心地よい・・・という、あのお話。




さて、『檸檬』ですが、発表されたのは1925年。亡くなる1年前に

三好達治等の協力で初の作品集として刊行されました。



えたいの知れない 不吉な塊が 私の心を 始終圧えつけていた。

焦躁と言おうか、嫌悪と言おうか――


( 一部抜粋  冒頭部分です )



梶井基次郎の作品の主人公−--殆ど本人なんですが---には

結核を病んでいる人物が多いのが特徴。

第三高等学校在学中から既に病気は進行していたと思われます。



だから、かっては美しいと感じたものや音楽を聴いても

心を慰められることも無く・・・・・



生活がまだ蝕まれていなかった以前 私の好きであった所は、

たとえば丸善であった。赤や黄のオードコロンやオードキニン。

洒落た切子細工や 典雅なロココ趣味の 浮模様を持った 琥珀色や 翡翠色の

香水壜。煙管、小刀、石鹸、煙草。

私はそんなものを見るのに小一時間も費すことがあった。


(一部抜粋)



このお店は丸善・京都店 

大正〜昭和の始めの頃 舶来製品を扱っていたお店は殆どありませんでした。

現代のお手軽に入手できるインポート製品ではなく、

あくまでも異国の香り高い上質な舶来品、ね。


かって、センスの良い上質な舶来品のことを「丸善好み」と呼んだ

事があるそうです。

丸善でしか見られない 美的でロマンチシズムを感じさせるもの 

多分、彼もそうしてウィンドウショッピングを楽しんだのでしょう



けれども、病状が悪化し始めてからは かっての喜びは感じられな

くなってしまう・・・

そんなとき出会ったのが・・・



いったい私はあの 檸檬が好きだ。

レモンエロウの絵具をチューブから搾り出して固めたような

あの単純な色も、それからあの丈の詰まった 紡錘形の恰好も。


(一部抜粋)



たった1個のレモンが与えてくれた冷たさ・清涼感は

主人公にとっては心地よいものでした。香りも重さも快い・・・

そこで主人公は久しぶりに 丸善に入り好きな画集を手に取ってみるのですが

弱った身体には その重ささえもが 苦痛に感じられてしまいます。


そこで主人公は何冊かの本を積み上げた上に・・・・



「あ、そうだそうだ」その時私は袂の中の檸檬を憶い出した。本の

色彩をゴチャゴチャに積みあげて、一度この檸檬で試してみたら。


(中略)

見わたすと、その檸檬の色彩はガチャガチャした色の階調を

ひっそりと紡錘形の身体の中へ吸収してしまって、

カーンと冴えかえっていた
(一部抜粋)




畏るべし、レモンの威力・・・なのか?

そして、レモンを残したまま主人公は丸善を出ます。あの紡錘形を

したレモンを爆弾に見立て、爆発することを夢想しながら。



梶井基次郎作品は、(読み手によっては)難解であると評されることも多い。

どれも短編というよりはスケッチ・心象風景に近いものばかりですが

発想が飛躍、というか斜め上を行くというべきか・・・・・


学生時代から胸を病み、常に死と隣り合わせにいた事も影響しているでしょう。



編集工学者の松岡正剛氏は、こう指摘しています。


第三高の理化乙類に入学した梶井基次郎は理系ではあるが、

どこか危うい理系である、と。

タナトスを描いた夭折作家であるが、実は宮沢賢治とともに

理科系の文学の突端を切り拓いた作家でもあったと


↑ 松岡氏のこの指摘は鋭い。 



だからこそ、文系が 殆どの文学者の中で 異彩を放っているのでしょうか?



ならば、彼は理系の眼でもって 誰にも見えないものを 凝視していたのでしょうか?

その眼には世界がどのように写っていたのでしょう・・?



強 烈 に 印 象 に 残 って 忘 れ ら れ な い フ レ ー ズ を多く残してくれました

その意味では、小説というよりは 散 文 詩 と呼んだ方が分かりやすいかも。


良いとは思うが、どこがどのように良いのか言葉では表現できないとき

非常に便利なセリフがあります。



考 え る ん じ ゃ な い 、感 じ る ん だ・・・・・(あれ?どこかで聞いたような?)



とにかく、誰とも比較しようがない作風・・・なので。

梶井基次郎は 梶井基次郎であり 他の誰でもない、としか言えません。

けれども、作家としてのスタイルは完成されていると思う。



大正モダニズムの洗礼を受け昭和の始めの時代に

一瞬輝いた後 消えた存在でした。



もしも彼が現代に生まれていたら・・・

どんな作家になっていたか?と夢想したことがありますが

(いや、誰もがその“時代の子“なのだから、ナンセンスな発想ですが)



案外 SF作家・もしくは 映像作家 として 成功 していたのでは・・・



はい、毎度のことながら異論は認めますとも。



実は、SF作家の 伊 藤 計 劃 氏 の作品を初めて 読んだ時


思い出したのが 梶井基次郎なので・・・


しかし、その伊藤氏も 35歳の若さでガンで 病死されています(涙)



ところで・・・・・


梶井基次郎については、近々もう一度採り上げる予定があります。


そう、あなたも良く御存知の、例 の 有 名 な フレーズ が 出 て く る 作 品 をね。



それでは、今日はこれでおしまい。

また、明日ね。


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2013年03月23日

「 ふみの日 」に読む 『 あしながおじさん 』 by ウェブスター


こんにちは、今日も来てくださってありがとう。


3月23日は「ふみの日」です


今月だけではなく、毎月の23日が「ふみの日」になります。

「ふみ」つまり「文」で これは今で言う「 手 紙 」のこと


ズバリ、タイトルが『 手 紙 』という作品や『 十二人の手紙 』などがあるかな。

また手紙が重要なキィとなった『 錦 繍 』や『 きりぎりす 』


海外作品で有名なのは『 若きウェルテルの悩み 』とか・・・

英文学に強い方なら『 パメラ 』や『 クラリッサ・ハーロウ 』を真っ先に

思い出されるかもしれません。いわゆる書簡体文学、ね。

ドフトエフスキーにも有ったけなぁ・・・



それでは、最も有名でよく知られた書簡体小説を・・・・・



はい 、今日の読書は 『 あしながおじさん 』  著者: ウエブスター


著者のジーン・ウェブスター(1876〜1916)は、

『 トム・ソーヤの冒険 』などでお馴染みのマーク・トゥエインの

母方の親戚に当る女性です。

マーク・トゥエインの姪の娘、になるのかな。


ウェブスターが進学したのは、東部の名門校ヴァッサー女子大( 現在は共学 )

あしながおじさんは ウェブスター自身の学生生活をモデルにしたもの と言われています。

当時の女子大生の生活と意見、という面持ちがありその意味でも興味深いものです。

日本でいえば明治時代・・・


さて、「あしながおじさん」とは主人公のジュディが

学資を援助してくれた篤志家につけたあだ名。

そこから、(日本では)あしながおじさん=教育資金の援助をしてくれる人

という代名詞として定着しました。

育英会の名称にも使用されているくらいだから、考えたらスゴイよね。


作品中のイラストは全てウェブスター自身が描いたものですが、

まあ、決して上手くはないのだけれど、どんなイラストよりも

この作品にはピッタリだと思うなぁ


手紙形式の小説『あしながおじさん』ですが、手紙はすべてジュディから

あしながおじさんに宛てられたものです。

ジュディが入学してから卒業するまで、学科のこと友人達のこと、読んでいる本のこと、

出合った男性たちのこと・・・


コレといって大きな事件が起こるわけでもないのに、退屈する事無く読める作品でした。


お買物したものやお洋服のこと帽子の事なども・・・

ストーリーの本筋とは直接関係はない部分でも結構面白かったなぁ。


そして、子ども時代に読んだときには ジュディが孤児院出身だという事を

隠していたことが辛かった・・・

この作品は、何度かアニメ化されていますが 確かアニメでは孤児である事を

隠していることが大きなキィになっていたような?

原作では 孤児である事を カミングアウトしてはいませんが。



子ども時代に読んで その後も『 若草物語 』や『 大草原の小さな家 』シリーズと

同じように手元に置いて 何 度 で も 読 み 直 し た い 名 作 のひとつです。



で、名作の名作たる所以は、読み手の成長に伴って 別 の 読 み 方 ができること。

二十歳を越えた頃、ふと気付いたのは この作品は 良 質 な ミ ス テ リ とも読める、

ということ。



ミステリ????   『 あしながおじさん 』が?????



はあー、なんじゃ、それはー!とお思いになるかもしれないけれども

もちろん、この作品では 殺人事件も起こりません w

よって “ 犯人 ”も“ 名探偵 ”も登場しませんが・・・



つまり「 犯人は誰か? 」ではなく

「 あしながおじさんという 善意の人は誰か? 」なのよ。



だから、普通のミステリとは 全く逆のようでいて、実は同じ

そう、与えられた謎を解く物語なの。


あっ、例によって 異論は認めますから。


そして、フェアなことに、ストーリー中にきちんと 伏線が張られています。

それは 物語を読み返してみるとよく分かるの。

きっと、あなたも気がつくと思うなー。


最後の最後になって、あしながおじさんが ジュディの心から愛する人

ペンデルトン氏だと分かるのですが、

これもミステリの王道である「 意外な犯人 」そのものですから。


ただし『 アクロイド殺人事件 』と同じく、この手法は一度しか

使えませんが ww



さらにオトナになってから、いや、年を取ってからは・・・

この作品を主人公・ジュディの立場ではなく 


あ し な が お じ さ ん の 立 場 から読んでみるようにもなりました・・・



そうすると、ねえ、どう思います?



男性が、若い美しい女性を 自分好みの 理想の女性に 育て上げる物語

・・・とは読めないかしら?



勿論、あしながおじさんは最初からそんな事を考えてはいません。

第一、会ってさえもいない 作文を読んだだけでしたから。

女の子は好きではないけれど、こんな愉快な作文を書く子なら、

将来は作家になれる可能性があるだろう、

だから学資を援助して 大学に行かせてあげたいと 思っただけですから。


まさか自分の妻にしようとは考えていなかったはず ww


そのはずだったんですが・・・


ジュディからの楽しい手紙をもらい、興味を持って直接(身分を隠して)

会う内に 彼女への好意が芽生えてくるように・・・



例えば、サリーのお兄さんの大学に行って 一緒にダンスをして楽しんだ・・・

という手紙の後には、必ずペンデルトン氏がやって来るし ww


大変だ、ライバル登場か?と思って心配してやって来るんだろうね。


お兄さんたちのキャンプで夏休みを過ごす計画も、おじさんは絶対に許さないし ww


ただ、ジュディは自分の頭で物事を考えることの出来る主体性を持った女性に成長しました。

だから、おじさんに誘われたヨーロッパ旅行を断って 

家庭教師のアルバイトに精を出したりもします。


つまりは、男性の言いなりにならない 主体性のある女性に 成長したってこと。

だからこそ、おじさんにとっては魅力的であり 手応えのある妻にふさわしい女性・・・

だから、ペンデルトン氏としてプロポーズしたんだもの。


その後の展開は、あなたも御存知の通りのハッピーエンド!



それから それから・・・・・


この物語には続編があります。そう、『 続・あしながおじさん 』


こちらの主人公は、ジュディではなく 親友のサリー です。

やはり同じ手紙形式の作品で、面白さという点ではこちらの方が

面白いと思うんだけれど・・・


また機会があればお話したいなあ・・・


さて、今日はこれでおしまい。

また、明日ね。




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