2013年03月07日

「消防記念日」に読む 『 華氏451度 』


こんにちは、また来て下さってありがとう。

3月7日は消防記念日。

命がけで火事を消す消防活動に従事する消防士さんたちには心から

感謝をしているし、崇高なお仕事だと考えています。

ね、あなたもそう思うでしょ?


そんな消防記念日に、この本を挙げるのは 実は少々気が引けるのですが・・

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はい、今日の読書は 『 華 氏 451 度 』 著者:レイ・ブラッドベリ(1920〜2012)ハヤカワ文庫


華氏451度-----本のページに火がつき、燃えあげる温度・・・・・・


著者のレイ・ブラッドベリが昨年亡くなった時には、日本のメディアでも

かなり報道されましたよね。

SF作家としては功なり名を遂げた世界的な作家だということは

あなたも充分に御存知だと思う。


この作品は、1960年代にフランソワ・トリュフォー監督で映画化も

されているから、或いは御覧になったこともあるかもしれません。


近未来のユートピアならぬディストピア世界


消防士のことを英語でFireman ファイアーマンと言いますが

この世界のファイアーマンは 火を消すのではなく、火で本を 焼却 するのがお仕事。

もちろん公務員で職名は「焚書官」


徹底した全体主義で情報が統制された世界

本を読んではいけない世界・本を出版・所持すれば罰せられる世界 

見つかり次第、燃やされてしまう世界



活字中毒者 にとって 悪夢 としか思えない 世界が描かれています。



読書に代わる娯楽としては、まあ進化した テレビ放送 と言っていいのかな・・


「海の貝」と呼ばれる 小型ラジオ を耳に入れ、三方の壁からは立体 テレビ映像 があふれ出す。

双方向性のドラマ+オンラインチャットのような楽しみ方ができる 娯楽システム が確立されている・・・

何も考えなくとも楽しめるようにね。


主人公の焚書官モンターグは日々仕事に誇りを持って取り組んでいるし、

妻のミルドレッドも与えられた娯楽システムに満足しきっている毎日。


しかし、物語初頭に登場した少女クラリスは モンターグの仕事の話を聞いて、こう問いかけます。


「 あんた、幸福なの? 」


彼女は地下鉄や喫茶店で、周囲の人が楽しげにおしゃべりをするのをよく聞いているのですが・・・


「みんな、けっきょくは、なんの 話も していない のとおなじなのよ」



この頃からモンターグの意識に少しずつ変化が訪れます。


密告により 焚書対象の家 を訪問したときに、書物を渡したくはないが為に

一緒に 焼死してしまう老女との邂逅・・・



その家からこっそりと手に入れた一冊の本・・・・



引退した老教授フェイバーとの出会い


「 なぜ書物は重要であるか、その理由をご存知かな?

そこには、ものの本質がしめされておるのです。われわれがものの

本質を知らなくなってから久しい。では、本質とはなにか?わしに

言わせればそれはものの核心を意味する。それをのぞかせる気孔が

書物のうちにある。」


引用元:『華氏451度』ハヤカワ文庫 宇野利康訳



一行読むごとに変動してゆくモンターグの魂



ここから、命と魂を賭けたモンターグの逃走劇が始まります。



そうして出会ったのは自らが「書籍化」した人々の一群。

日本書紀 の語り部、稗田阿礼 みたいに 書物の内容 を全部覚えこんでしまっている人々

ある人は『ガリバー旅行記』さんである人は『種の起源』さん。

聖書の『マタイ伝』さんもいるんだよ。

まあ、頭の中が 図書館 みたいになっているの。絶対安全な 本の 隠し場所。


中学生時代には、この部分が大好きで自分ならどんな本になりたい

か随分と夢想したものだけれどもねw



そうして、物語の最終局面で始る戦争。

どうやら彼方の街が焼き尽くされているらしいが・・・・


・・・・・・・・・・・・・・・・・・・


この作品は、SFとしてはシンプルなワン・テーマもの。

今回 改めて読み直してみたのですが、その今日性に驚愕しました。


昔は「 ありえないであろう 全くの 空想物語 」として単純に 面白く読んだけれども。

そう、楽しみながらね。


ところで、21世紀になった今、読んでみると・・・・


あれ?これって、現代そのものの物語のような?



「 テレビジョンは<現実>そのものだからだ。

直接的であり、大きさをもっておる。

こう考えろと命令してくる。正しいことであるはずだ。

そう思うと正しいことのように思われてくる。

あまりにもすばやく、あまりにも強引に結論をおしつけてくる

ので、だれもがそれに、抗議しておる余裕がない。

“ばかばかしい!”というのが、せいぜいのことで 」



引用元:『華氏451度』ハヤカワ文庫 宇野利康訳


賢明なあなたなら充分に理解しておられると思いますが、上に抜粋したセリフは

60年前に書かれたものです。



ねえ、こんな状況って・・・まるで・・・・・まるで・・・・・



私の所持している『華氏451度』はハヤカワ文庫の2008年度版で

巻末で 解説を 佐野真一氏 ( 『 誰が本を殺すのか 』の著者です )

が書いておられます。


「 ほかならぬ 国民自体が、活字媒体 に対してNOという 意思表示を 」

することは「 国家統制 による 焚書 よりはるかに 恐ろしい事態 」だと。



だからこそ、『華氏451度』は「未曾有の出版不況といわれるいま

だからこそ読むべき小説である」と。



ええ、そうよ、書物と相対峙して、そこから何かを読み取り

自分の頭で考える ことの重要さを知ることは、私たちの 成長 の欠か

すことのできない 糧になるのだから・・・・・


確かに、読書人口は減っていると言われているけれども

私は決して絶望してはいません。

この物語の最後で希望への曙光がさしたように、ね。


だって、 あなた がいるんだもん。


こんな子どもの「どくしょかんそうぶん」レベルのものであっても

読んでみようかと思ってくれる「あなた」がいる限りは、ね。

私はそう信じたいの。



ああ・・今日はちょっと長くなってしまったみたいね。

最後まで読んでくださってありがとう。


今日はこの辺でおしまいにします。

それでは、また明日ね。

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posted by cat-of-many-tales at 00:00| Comment(0) | 海外の小説・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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