2013年03月14日

「 国 際 結 婚 の日 」に読む 『 森 瑤 子・わ が 娘 の 断 章 』


こんにちは、あなた。 また来て下ってありがとう。

3月14日は 「国際結婚の日」 になります。


だから、だから 森 瑤 子 さん のことを。


森瑤子氏が亡くなられたのは1993年7月6日。

NHKテレビのニュースでも報道され、民放のワイドショーでも

大きく取り上げられました。「超人気作家の死!」といって、ね。


華やかでおしゃれで、都会的な男女の物語を描き続けた作家だった。

今は2013年、書店にはもう森氏の本は消えているし、図書館ですら

閉架書庫に仕舞われてしまっている。

今後も余程のことが無い限りは新たな読者を獲得する事もなさそう・・・


あなたは覚えていたかしら?



はい、今日の読書は 『 森 瑤 子・わ が 娘 の 断 章 』

著者:伊藤三男   文藝春秋社  1998年



著者の伊藤三男氏は 森氏のお父さま。ちなみに大正元年生まれで

このとき80歳オーバーのお年でした。


森氏のエッセイでも 何度か言及されていましたが、若き日に小説家を志し

「サンデー毎日」の懸賞小説でも入選したことがあるとか。

しかし、志し成らず挫折、おそらくは有能なビジネスマンとして

戦前そして戦後の高度成長期を戦ってきた方です。


この本を読んだ限りでは、作家としてのセンスは感じられなかったけれど、

非常に頭の切れる方という印象を受けました。



さて、この本は、大きく分けて3つのパートに分けられるでしょう



1:森瑤子氏のバックボーン 御両親の結婚のいきさつと 森氏が英国人のB氏と結婚されるまでのこと。

2:森氏の結婚生活

3:森氏の友人たちのこと


冷静 かつ 理知的な 筆致 で綴られています。

ファンとしては読むのが辛くなる部分も多かったなぁ。


お嬢さんのマリアさんの手記 『 小さな貝殻 』 でも書かれていたので 察してはいても 

改めて父親の目から語られると なおさら辛い。


私がまず驚いたのはヴァイオリンのこと。

『 六歳の雅代にヴァイオリンを習わせたこと、プロ作家として自立

した四十代半ばの森瑤子に、時代小説『 甲比丹 』の執筆をすすめた

こと 』


・・・この2つがお父さまにとっては

『 娘への無理押しだったと反省している 』 と記しておられます。

ただ決して強制するつもりは無かったとも・・・


あなたも御存知のように、森氏は東京芸大のヴァイオリン科卒です。

並大抵のことでは入学できるところではありません。

おそらくは入学試験前後が技量的にはピークだったのでしょう。

入学後は、森氏御自身がエッセイで自嘲して語っておられるように落ちこぼれた、と。


『とてもついて行けないのよ、と娘は語った。同級生の誰も彼もが

はるかに雅代の技術レベルを超えていると言うのだ』


卒業後は一度もヴァイオリンを手にする事もなかったとか・・・・



そして、無銭旅行の途中で日本に滞在した英国人B氏との結婚・・・・・



『(略)私は 結婚の条件 を次のように言い渡した。

第一に、先方の両親の 承諾を得ること。(これはかなり難しい条件だと思った。

東洋の娘との結婚となれば、保守的でプライドの高いイギリス人にとって、

そう簡単に受け入れられないだろう。(中略)

第二に、正式の 職業を持つこと。( 風来坊と結婚させるわけには行か

ない。漠然 と夢のようなことを考えている男に、娘を嫁がせる気は

ないから、しっかりした生業について家族を 養える見込み がつくま

で、結婚は 保留する。英語の家庭教師などは、まともな職業とは認

めない ) 』


・・・・・で、結局は仕事のことなどは作り話をして 二人は結婚してしまうのですが、


お父さまはさらに


『 このほかに、日本で生活する場合は日本語に習熟するということ

を条件に加えなかったことを、後になって大いに悔いた。 』

『 それから30年たった今も、彼の日本語力はほとんど進歩していない 』



いや、別に結婚のいきさつがどうあれ、日本語が上手くなくとも

その後の娘の結婚生活が幸福であればお父さまも “結果オーライ” で、

いろいろ有ったけれど、好きな男と結婚して娘は幸福だったと素直に思えたのでしょうが・・・


理知的なお父さまですから、娘の夫であり孫の父であるB氏のことを

口汚くののしりはされないけれども、随所に、B氏に対する 怒 り

にじみ出ていました・・・


必死に自分を 抑えようとしても 隠し切れない 怒 りが、ね。



だって、結婚してから作家デビューするまでの14年間のことを

『 極端な言い方をすれば、雅代にとっての 暗黒時代であった。 』


↑こんなことを親に言わせる結婚生活って・・・・・・



森氏の作家デヴュー後は経済的に落ち着いたものの、その経済的な

ゆとりが逆に御主人をスポイルしてしまったようですね。



『 私の知る限り、Bが手に入れたほとんどの 幸運は、三浦三崎の海の

家を除いて、森瑤子の 印税収入がもたらしたものである

( その三崎の家にしても、娘の願いによって父親が 購入資金を 保証したものだ )

Bの努力で手に入れたものとしては、三崎の家に取付けた テラスと、

与論島 の芝生に造ったゴルフのグリーンぐらいだろう 』



・・・・・・・・・・・・


もちろん、森氏の親御さんの一方的な言い分かもしれませんけれど・・



それでも、森瑤子氏は御主人とは別れなかった。

別れ話は何度も出たようですが、決して別れなかった。

愛していたから?

いや、少し違うような気もするけど・・・あなたはどう思うかしらね・・・



実は森瑤子氏については、もう一度取り上げてみるつもりなの。

そう、7月6日の命日に合わせてね、もう一度だけ。


6月6日が「楽器の日」なので、その日にしても良いかも知れないけれど

森氏は『 ヴァイオリンは好きではなかった 』そうなのでパスしましょうね。



さて、今日はこれでおしまい。

また明日ね、チャオ!(← 森瑤子さんがよく使ってた別れの挨拶 )



posted by cat-of-many-tales at 00:00| Comment(0) | 日本のエッセイ&ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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