2013年04月21日

「 富くじが 幕府公認 になった日 」に読む 『 く じ 』 by シャーリー・ジャクソン



こんにちは、今日も来て下さってありがとう。


今日は少し長いけど「 富くじが 幕府公認になった日 」です。

なので、“ く じ 引 き ”をテーマにした作品を、ね。


くじ引きといえば、誰しも思うのは「 宝くじ 」だよね。当る当らないは

別にして、 みんな夢を抱いて買っているんだと思うよ。


毎月は 買わないけれど、年に一度だけとか、あなたも買われた事があるかも?

今日、お話する作品は・・・“ くじ ”がテーマにはなっているけれど・・・



はい 今日の 読書は 『 く じ 』  by シャーリー・ジャクソン


  発売日:2013年2月

  サイズ:文庫

  出版社:文藝春秋

 “ 厭 な ”物語を集めた短編集

  この中に収録されています。




『くじ』が表題作になった本は、早川書房から 深町真理子氏訳で

出版されていますが、今は入手しにくいかもしれません。

幸い今年発売になった文庫で 丁度良いのがありました。コレです↑

他に、クリスティや P・ハイスミス等も収録されています。



著者はシャーリィ・ジャクソン( 1916〜1965 )アメリカの作家です。

日本では決してメジャーとは言えないけれど、アンソロジーに よく収録されているので

根強いファンは多いかも?


この作品は1948年、アメリカの有名雑誌「ザ・ニューヨーカー」に発表

された短編小説です。




で、掲載された後に・・・抗議の手紙が 数百通も 殺到したそうなんですよ。



いわく、悪趣味である・もう「ザ・ニューヨーカー」は買わない

いわく、作家は 謝罪せよ・この話の結末は妻にひどい衝撃を与えた

いわく、自分たちは高等教育を受け、教養ある階層の一員であると考えていたが

(こういう作品は)文学の真実性への信頼を失わせるものである 等々。



うーむ・・・・・1925年に創刊されて、アメリカで最も洗練された

文芸誌&総合誌という評価を持つ「ザ・ニューヨーカー」の読者層には

受けなかったようですね。むしろ嫌悪感を持たれたかもしれません。


ただ、現代では、彼女の名を冠した「シャーリー・ジャクソン賞」というのが

有るそうですから、文学的な評価は高い作家とされています。



また、もし現代であれば、これ程拒絶反応も無かったでしょう。

むしろ今では古典的名作の一つであると認識されていますから・・・


『くじ』が発表当時に 嫌悪感を持たれた理由は、エッチで下品等といった

理由ではありません。 勿論、暴力的な描写が多いわけでもありません。



実は、これって・・・・・今で言う イ ヤ ミ ス なんだよね。



「イヤミス」・・・最近使われだして定着してしまった 用語だけれど

定義すると、後味が悪い・イヤな気分になるミステリーの 総称かな?


但し! 作品としての魅力がなければダメ。 単なる悪趣味な駄作は問題外で

優れた面白い小説でなければいけない、というお約束があると思うの。

作品としてはよく出来ていて 傑 作 だけれど、後 味 が 悪 す ぎ る ・・・



湊かなえ氏の『 告 白 』が登場してから言われだしたような記憶があるのですが?

いや、『 告白 』がそうネーミングされたんだっけなぁ・・・



あと、『 殺 人 鬼 フ ジ コ の 衝 動 』に代表される 真梨幸子氏もかなあ。

また、沼田まほかる氏の作品群も。

ミステリではないけれども、映画&漫画の『ヘルタースケルター』も近いと思う。



まあ、そういった系統の作品なんですよ。

その意味では、元 祖 ・ イ ヤ ミ ス かもしれません。



舞台となっているのは(多分アメリカの)人口300人程の小さな村です。

天候に恵まれた6月のある朝・・・何かイベントが行われるようです。

それは住民すべてが参加の「くじ引き」・・・。



大きな村なら 2日がかりになるけれど、この小さな村なら2時間も

あれば済んでしまいます。


村の人々は、朝の10時ごろから広場に集まってきます。

夏休みの子どもたち、おとなの男性住民、女性住民・・・

このくじ引きを運営するのは、サマーズ氏です。

村の世話役のような立場なのかな? 黒 い 木 箱 を持って登場。


初代の箱は 入植当時の物だというし、どうやらこのくじ引きは 伝統的な

ものらしくて、一 種 の 儀 式 のようです。



箱の中には 紙片が入っています。サマーズ氏が手を入れてかき混ぜます。

中に入っている紙片は、前の晩にサマーズ氏とグレイグス氏が作成して

厳重に金庫の中に仕舞われています。



くじの開始前には“ 儀 式 ”ともいえる約束事があり、村の全家族の世帯主

及びその 家族の名前が次々に読み上げられます。


御主人がどうしても、くじ引きに参加できない事情があるときには 妻が代わりに

親が参加できないときには息子が、というように、どの世帯も必ずくじを

引くことが義務付けられているようです。



そうして、一族の長から 順番に呼ばれてくじを引きます。結果はすぐに

見てはいけない決まりになっています。 


その間、ひそひそと私語も始まりますが「どこそこの村では、くじを止めようという

話が持ち上がっているらしい」と言った人は白い目で見られます。


全員が引きおわてから一斉に 紙片が開かれるのですが・・・一人の男性が

当りました。 次はその 家族の中で改めてくじ引きをするのですが・・・




しかし・・・これは 何 の く じ 引 き で し ょ う か ?



誰か 一人を 選ぶ為にくじ引きをしているようですが。

さあ、何だと思いますか?



未読であっても、カンの良い方ならもう気付いているかもしれませんが

もし、あなたが 何か嫌な事、不穏な状況を 想像しているのならば、

それは当り
だと思いますよ。



何しろ、これは「イヤミス」ですから ww



初めて読んだときには、衝撃よりも「ああ、こういう小説もあるのか」と

思った記憶があります。「 奇妙な味 」でも「 ブラックユーモア 」でもない。


悪い夢を見た時のような 後味の悪さ・・・不条理ではあるけれど、

他人事だから無責任に面白いというか・・・ただ、どうしてこんな事を

するのか?という 解説は一切ありません



くじ引きの習慣は、この村だけでは無さそうで 住民みんなが当然のものとして

受け入れている世界・・・だからこそ不気味な想像力をかきたてられるの



『 くじ 』 は、アメリカでは 非常に有名な作品で、例えばO・ヘンリーの

『 賢者の贈り物 』並の 扱いといえばお分かり頂けると思います。



著者のシャーリー・ジャクソンは「 何の為にこんな物語を書くのか? 」

「 こんな儀式を行う村を知っているのか? 」という質問に対しては一貫して

私 は た だ 物 語 を 書 い た だ け 」とサラリと答えているとか・・・・・


英文学者で 翻訳家の若島正氏は、シャーリー・ジャクソンの作品群を

こう評しています。



>ジャクスンのおもしろさはその「 ただの物語 」の危うさにある。

>日常と非日常、平凡と非凡の紙一重のはざまで、彼女の作品はきわどく

>宙吊りになっている。


( 引用元:『 乱視読者の英米短編講座 』 )



ああ、この「宙吊りに」なった感覚というのは分かるような・・・

何とも不安定で、足 が 地 に 着 か な い 浮 遊 感 を味わう作品なんですよ。


私たちのごく普通の 平凡な日常の中で、読 書 に よ っ て 与 え ら れ る 非 日 常 感

たっぷりと 味わえる作品といえるのでしょうね。



さて、今日はこの辺で終わろうかしら。 でも・・・もしも、もしも


あなたがイヤミスを 毛嫌いする人でなければ、下記の作品も かなり

悪夢感たっぷりでした↓ 後味の悪さでは、この作品の方がキタかなあ・・・




 『 ずっとお城で 暮らしてる 』

  創元推理文庫

  シャーリー・ジャクソン 市田泉訳




それでは、またね・・・ところで、宝くじが全然当らないのも運が良いのかもね?



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2013年04月20日

「 郵政記念日 」に読む 『 郵便屋さんの話 』  by  カレル・チャペック


こんにちは、今日も来て下さってありがとう。

4月20日は「 郵政記念日 」です。


真っ先に 頭に浮かんだのがこの作品なの。


はい 今日の 読書は 『 郵便屋さんの話 』 by カレル・チャペック


  郵便屋さんの話(チャペック童話絵本シリーズ)

  著者:カレル・チャペック 

  画:藤本 将(すすむ)

  ページ数:60P

  版元:フェリシモ出版


こんな素敵な絵本になっていました↑


雰囲気的にインポートの絵本かと思ったのですが、そうではなくてフェリシモ出版。

えっ?フェリシモ? はい、通販会社のフェリシモなんですね。


画を描かれた藤本氏はイラストレーター&デザイナーさんで、この絵本は

やや渋めの色合いの オトナっぽい絵本に仕上げっています。


各ページの色もそれぞれに工夫がしてあり、落ち着いた感じ・・・

色合いが、アメリカン・ポップではなく、ヨ ー ロ ッ パ 的 な 雰 囲 気 といえば

お分かり頂けるかもしれません。 絵もとても可愛いの。


ストーリィとしては、とても有名な物語なので、あなたも(多分子ども時代に)

お読みになったことがあると思うな。


郵便局にお勤めのコルババさんが主人公です。 毎日毎日手紙を 配達していますが

最近なんだかマンネリ気味・・・というか嫌気がさしていました。



だって、業務自体は 結構大変で せっせと歩かなければならないのに・・・



それなのに配る手紙ときたら、印刷物とか請求書というような、どうで

もいいようなものばかり。 そんなものをもらってもだれもよろこばないし。

そもそも郵便局というのは、たいくつなだけで、わくわくするような

ことなんか、およそ起りそうもないところだよ


( 一部抜粋 )


そうして、ある日、郵便局のストーブの傍で 座り込んだまま眠ってしまいました。

夜もふけた頃・・・かすかな物音で 目を覚ましたコルババさん、この

郵便局に住む 小 人 た ち に出会ってしまいます。


ひげを生やした小人たち、郵便局員のお仕事をしながら、手紙を使って

トランプ遊びまでしているではありませんか。

小人たちは、封をしてある 郵便物でも外から 触るだけで中身が分かります。



一番弱い札は7、嘘をついたり隠し事がある手紙

次に弱い札は8、いやいや書いたり渋々送った手紙

その上が9、ただ丁寧に書いてあるだけの手紙

強い札では10、面白い事や新しい事が書いてある手紙

その上のジャックは、相手を喜ばせようしてと送った手紙

さらに強いのがクィーン、仲の良い友人同士の手紙

もっと強いのはキング、愛情をもって書かれた手紙

最高に強い札はエース、相手のためなら身も心も全て捧げてもいいと

思って書かれた手紙



・・・まごころのこもっていない手紙は冷たくて、書いた人の愛情が

有れば有るほど温かいんですって!


それ以来、コルババさんは 郵便配達が前ほど嫌ではなくなりました。


そうして、ある日の事、差出人の名前も宛名も書いていない手紙を見つけます。

しかも、切手も貼ってなーい! けれども、その手紙は何だか温かいような・・・?


届けてあげたいと思ったコルババさん、試に小人たちのゲームにその手紙を

使ってみたら・・・なんとハートのエース! 最強の手紙ではありませんか!



中を読んでもらったら、それはある若者から愛する女性に宛てた、

愛のこもったプロポーズの手紙でした。


これは何としてでも届けてあげたい!


辛うじて、二人の名前は分かったものの細かい住所までは分からず

その日から、コルババさんの、誰とも分からない “ フランチーク ” と

“ マジェンカ ”を探す旅が始まります・・・


・・・このお話を初めて読んだのは小学生の時でしたが、ラストの部分が

(一年と一日目に、ようやく見つけた マジェンカ嬢から 切手代を払って

もらうところ )とても気に入って何度も読み返したものです。



優しい優しい物語・・・・・

心を届けるのは やはりメールじゃなくてお手紙かしら?

あっ、でも、宛名を忘れずにね 。切手もちゃんと貼って ww




しかし、この物語の作者、カレル・チャペック( 1890〜1938 )は

通り一遍の 童話作家もしくは児童文学者というわけではありません。


チ ェ コ の 国 民 作 家 とでも言うべき存在・・・と表現するのが一番ふさわしいかも?


小学生の頃は、『 郵便屋さんの話 』を読んでも、作者の事までは考えが及ばず

その後、中学時代に『 山 椒 魚 戦 争 』 を読んで、H・G・ウェルズと

同じような S F 作家・・・と 認識していたような記憶があります。


「 ロ ボ ッ ト 」という言葉を作った作家でもあることだしね。


『 山椒魚戦争 』はストーリィの面白さを楽しむだけで、深くは考えなかったけれども

この作品が書かれたのは 1935年で、当時台頭していた全体主義・ナチズムへの

強烈な批判の書
でもあるんだよね。


ヒットラーが政権を握ったのは 1933年だけれども、この作品の最後に登場する

アンドレアス・シュルツェなる人物は 間違いなくヒットラーの事と分かるから・・・


お兄さんのヨゼフ・チャペック( 画家・作家 )も強制収容所で亡くなって

いるし、彼も生きていたら逮捕されていたのは間違いなさそう・・・

ちなみに、この作品はナチスの占領下時代は発禁になっていました。



チャペックは『 郵便屋さんの話 』の他にも、様々な童話も書いています。

友人は『 園 芸 家 1 2 カ 月 』という作品が 最高だと薦めていたし、

改めて、じっくり読んでみたいと思う作家なんですよ・・・


なんだか、一筋縄ではいかないような作家みたいだしね ww


さてと・・・・・今日はこれで お終い。

またね・・・。






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2013年04月19日

「 地図の日 」に読む 『 四千万歩の男 』 その2  by 井上ひさし


こんにちは、また来て下さってありがとう。


本日も、昨日に引き続き「地図の日」&『 四千万歩の男 』 そ の 2 です。



はい 今日の読書は 『 四千万歩の男 』 その2  著者:井上ひさし

講談社  講談社文庫



昨日は 著者の井上ひさし氏のお話をしましたので、今日はこの物語の主人公、

伊能忠敬の事から・・・



伊能忠敬(1745〜1818)江戸時代後期の 測量学者です。

千葉県九十九里町に生まれ、18歳の時に酒造家の伊能家に 婿養子に入りました。

本業以外にも江戸に薪問屋を設けたり、米穀取引の仲買に商才を発揮。

約10年で衰えかけた家業を立て直し、隠居した時には資産が20数倍も

増えていたというから・・・有 能 な 実 業 家 であったわけですね。

( ちなみに、現代の貨幣価値に直すと約70億の資産になるそうです )



天明の大飢饉では 私財を投げ打って地域の人々を救い、幕府より名字帯刀を

許されます。だから 肖像画では刀をさした武士スタイルなのね。


そうして50歳を迎えたとき、家業を長男に譲り自分は隠居。

幼い時より興味を持っていた天文学を学ぶ為に江戸に出て、当時の

天文学( 星学暦学 )第一人者である 高橋至時に師事。この先生のお給料は幕府から

出ていたのですが 安月給で生活は非常に苦しい。で、伊能が生活費を援助したわけ。

その代わりに教えてもらったのね。



ここから、伊能の人生の第2ステージが始まります。



伊能自身はこれを「 一 身 に し て 二 生 を 経 (ふ) る 」と語っています。

つまり、一人で 二つの人生を生きたという意味でしょうか。

井上ひさし氏は、「 人 生 二 山 説 」とネーミングされましたが・・・




ひょっとしたら、この点でトロイアの遺跡発掘に成功した シ ュ リ ー マ ン

思い出す方もいるかもしれませんね。 彼も実業の世界で大成功を収めて

巨万の富を得て、そのお金を 発掘事業につぎ込んで成功した人物です。

その時、5 1 歳 位だったかな? 


今では、クリミア戦争での 武器輸出業でぼろ儲けをした「死の商人」であるとか、

単なる売名の為に 発掘にお金を出しただけとも言われていますが・・・


或る意味では、それも事実ではありますが、全てではないと思うな。

単なる「売名」ならば、もっと楽で確かな方法が幾らでもあったはず。


シビアな実業家であったシュリーマンが、単なる売名の為になら遺跡発掘みたいな

雲をつかむような話に乗るとは思えないし、第一、成功する保障は何も無いのだから。

そう信じたくて・・・甘いかしらね?



伊能忠敬の場合も、自分の資産をこの測量につぎ込んだのは確かですが

彼の場合は、遺跡の発掘のように 有るのか無いのか分からない物を探していた

わけではありません。一歩一歩積み重ねて正確に実測していけば 必ずや地図が

出来上がる事は分かっていたのですから。


但し、膨大な 時 間 と お 金 が か か る のはシュリーマンの発掘と同じですが ww

幕府のお墨付きを貰った事業とはいえ、かなりの経費は伊能の持ち出しでした。



そうして、測量の旅にスタートしたのは 5 6歳 のとき。



以降 72歳までの17年間、「二歩で一間(約1.8m)」の歩幅で日本全国

の海岸線を歩きつくして 実測による日本地図を完成させます。


この間、彼が歩いた 距離は約 3 万 5 0 0 0 キ ロ ・・・歩幅に直せば約4000万歩。

この作品のタイトル『 四千万歩の男 』は、この数字に拠って付けられたものです。



物語は、伊能が 江戸の永代橋で 自分の歩幅から 距離を割り出して行く所から

始まります。 これだけの歩数を歩いたから、距離はこれだけ、と。


実際に 伊能忠敬の事は知っていても、具体的にどうやって測量したのかは

私は考えてもみなかったのですが、ベースになるのは自分の一歩の長さだったのですね

常に同じ歩幅でなければならない。 少し先の方に、犬のフンが落ちているけど

この歩幅で歩いていくと、多分そのフンを踏むであろう事も分かるのですが



だが、傍へよけることはできない。よけたのでは歩数がふえてしまう。

では、ぽんと飛び越えることは?それもできない。

「二歩で一間」という物指しをこっちから狂わせるようなものである。


(一部抜粋)


うーん・・・で、結局犬のフンを踏んでしまうのですけれどね ww

まあ、考えようによっては、バカじゃない?と思われるようなエピソードで

おそらく、これは井上氏の創作とも思われるのですが、それ位 徹底して

正確に歩幅を定めたけです。


そうでないと、あれ程正確な計測は出来ないはずなんですよね。

なので、似たような事は 実際に幾らでもあったと思うのです。


もちろん実際の計測は、当時の技術を全部使って、天文学的に

星と大地を照合させて作成されました。

しかし、ベースになるのは一歩一歩の歩みなのです。


だからこそ、あれ程の正確な地図が出来たわけですよね。 何度も言うけど ww

高大図伊豆014.jpgIno_Tadataka_stamp.jpg


↑ 伊能忠敬作成の地図です。切手にもなっているのね ↑

( 地図画像引用元:伊能忠敬記念館 )


ちなみに、伊能の作成した地図は徳川家に仕舞われたまま明治維新を迎えました。

その後、英国の測量士達が来日して伊能の地図を見て、その正確さに

仰天して 自分達の測量する必要はないと帰ってしまったそうです ww




ただ、この『 四千万歩〜 』は歴史小説もしくは 伊能忠敬の伝記小説では

ないと思うの。いや、ジャンル的には歴史小説なのかもしれませんが・・


いつもの井上氏の作品と同じように、資料をしっかり読み込んだ 重厚かつ詳細に

書き込まれた作品ではあるのですが、正確に言えば、

「 虚 」 と 「 実 」 が 巧妙に 絡み合った小説作品といえば良いかしら?



もちろん、これは誉め言葉です。だからこそ、この作品は面白い ww


概ね、伊能の後半生を日記を元にして、正確にトレースしてあるのですが

( 測量の具体的な方法等も ) プラスアルファして、物語的な面白さを

創作してあるとでもいえばお分かりでしょうか?


嘘ではないのですが、虚ではある。


一例を挙げると、伊能忠敬と同時代人の有名な人物がぞろぞろと登場するのですが

間宮林蔵・太田南畝(蜀山人)・十返舎一九・葛飾北斎・芭蕉・二宮尊徳などなど


当時の文化人や高名な学者などが、次々と登場して伊能と語り合うのですが

史実ではない・・・しかし、日本全国を歩いている内に会っていても

不思議ではない、というスタンスで描かれているのです。



また、旅する間中あらゆるトラブルに出くわすのですが・・・

幕府の隠密と間違われて危険な目に会ったり、逆に歓待されたり ww

妖艶な美女が夜中に忍び込んできたり w


この辺りは、山 田 風 太 郎 的 な 手 法 のような感じもしたかな?


また、井上氏らしいと感じたのは、当時の幕府の 蝦夷政策をはっきりと

批判させていること。

ナマの井上氏の平和観がストレートに反映されていると感じさせた部分でもありました。



『 四千万歩〜 』は、とにかく長大な作品ですから 細かくお話するときりが無いけれど

改めて感じ入ったのは、人生を二回生きた伊能忠敬の 偉 大 な る 愚 直 さ 、かな?


この「愚直」というのは、井上氏が若い頃(NHKの放送作家時代)に

伊能忠敬を調べた時の感想だそうです。


その時には、偉大ではあるが愚直な作業、と思っていたのが 20数年後には

愚直でなければ、そんな大事業はできない・あらゆる大事業を支えて

きたのは、この愚直さなのだ
」という風に変わってきたとか・・・



これ、分かるような気がするなぁ・・・・・

「愚直」というのは、あらゆるものに惑わされない 強 靭 さ でもあるからね。

「スマートさ」の反対とも言えるかな? カッコいいものではないかも?

それでも、貫き通せば 途方も無い強さを 発揮できるのかもしれない



なんだか、「プロジェクトX」みたいなオチになりそうですねww



殆どの人は、愚直でもスマートでもない、ほどほどにバランスの取れた

生き方をするのだろうけれど・・・



『 四千万歩〜 』は長い長い作品なので 今回は全部読み直せなかったけれど

これを読むと、何故かやたらと歩きたくなるのですよ。


伊能忠敬までとはいわなくとも、バスの一停留所位は歩こうかしら、と ww

足も結構疲れるんですけどねー、トシだから w


さてさて、今日はこれでおしまい。これから歩いてお買物に行ってきまーす。

それでは、またね。


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