2013年04月19日

「 地図の日 」に読む 『 四千万歩の男 』 その1  by 井上ひさし


こんにちは、いつも来て下さってありがとう。


4月19日は「地図の日」・・・・・

伊能 忠敬が、1800(寛政12)年 蝦夷地の測量に出発した日で、

最 初 の 一 歩 の 日 」とも称されています。


伊能忠敬は 自分の足で歩いて全国各地を測量して、『 大日本沿海輿地全図 』

を完成させました。精度の高い、日 本 初 の 科 学 的 地 図 といえます。


伊能忠敬に関しては、解説的・学術的な書籍よりも・・・彼をモデルにした “ 小説 ” を・・・

念のために言っておきますが“ 歴 史 小 説 ”ではないからね。

伊能忠敬の 日誌に忠実な、それでいて上質なエンターティメント作品を・・・


はい 今日の 読書は 『 四千万歩の男 』 著者:井上ひさし

講談社  講談社文庫



著者は 井上ひさし氏(1934〜2010) この方、非常にユニークな作家なんですよね。

あなたも何作かはお読みになった事があるかもしれないし、大江健三郎氏と共に、

平和運動に携わる氏 としての記憶もお持ちかもしれません。


お亡くなりになられた時は75歳でしたが、もっと長生きして欲しかった!

と訃報を 聞いたときには残念に思った作家です。


今回は、作品だけではなく井上ひさし氏の事もお話したいので、長くなりそうな予感が・・・

なので、2回に分けてアップする事にしました。

まず、今日は井上ひさし氏の事を少々、ね。 氏の他の作品の事も少しと


そして、有名なエピソードである 右 翼 の 方 々 と の 電 話 の 攻 防 戦 もね ww




さて、井上ひさし氏は山形県生まれで、5歳の時に父と死別、その後に お母様の再婚相手から

かなりのDVを受けたようです。

( このDV経験が、氏の後の結婚生活にまで影響を与えたかどうかは、

  分かりません? けれども・・・)


15歳の時に岩手県に転居、しかし生活の苦しさから、仙台市にある

児童養護施設「光が丘天使園」に弟と入所。

高校もこの施設から通いました。この頃の思い出が『 青 葉 繁 れ る 』

という 半自伝小説に結実しています。



上智大学在学中から、ストリップ劇場の幕間で演じられる笑劇(コント)の

台本を書き、ラジオドラマの懸賞に応募して賞金を稼いでいました。


これがきっかけで放送作家の道が開けたのですが、氏の名前を高らしめたのは



「 ひ ょ っ こ り ひ ょ う た ん 島 」 & 「 ネ コ ジ ャ ラ 市 の 1 1 人 」 



NHKの人形劇ドラマですが、あなたは御存知かしら?

児童作家の山元護久氏と共同でシナリオを執筆しました。


「 ひょっこり〜 」は、火山の噴火が原因で 岬の陸地が千切れてしまい、

海に向かって走り出してしまいます。 それが「ひょうたん島」ね。


そんな漂流する島に取り残された人々・・・という舞台設定が秀逸でした。

遠足に来ていたサンデー先生と子供たちを始めとして、他のキャラクタ

も濃いメンバーばっかり!


そんなバラバラのキャラを持つ人々の暮らしぶりが面白かった記憶があります。

また、この 物語には「 親 」は一人も登場しません

井上氏も 山元氏も両親に頼ることの出来ない 子供時代を送っているので、

それが反映されているらしいのですが・・・



1969年(昭和44年)には演劇界にもデビュー、小説分野にも活動の場を広げて

1972年(昭和47年)『 手 鎖 心 中 』で直木賞を受賞。


小説・戯曲等、著作は多数あり、代表作は・・・迷うのですが、

1981年の 『 吉 里 吉 里 人 』 もしくは、この『 四 千 万 歩 の 男 』を挙げたいなあ。



『 吉里吉里人 』はストーリィの面白さもさることながら、

壮大な実験小説でもあります。 私自身はこの作品を「小説新潮」連載時から

リアルタイムで読んでいたのですが、一種の S F として非常に

楽しんで読んだ記憶があります。


新潮文庫で読めますが、上・中・下の3冊ある長編小説にもかかわらず

作品中の 時間経過は、たった 4 8 時 間 なんですよ ww


東北地方の、ある村が 日本国政府に愛想を尽かして、突然

『 吉里吉里国 』と名乗り 独立を宣言しますが、許されるはずは無いよね。

そんな、反発する政府と吉里吉里国との攻防を描いた物語・・・。



実は、今回の『 四千万歩の男 』も “ 時 間 経 過 ”という点がキィになった作品かも?



伊能忠敬は17年間かけて 自分の足で日本全国を歩きましたが、

この作品で取り上げているのは「 蝦 夷 編 」と「 伊 豆 編 」のみで

伊能忠敬の 全体の仕事の7分の1位なんですよね。 ラストが少々物足りない。


この事を井上氏は、別の著作でこう説明しておられます。


彼の一歩は無味乾燥な一歩である。(中略)

だがその一歩一歩が四千万回も繰り返されると、日本のすべての海岸線を

残らず踏破するという途方も無い大事業に結実する。
(中略)

その大事業が、実に退屈で、まことに辛い一歩一歩の積み重ねの上に

成っていることを描こうとして、彼の歩く速度に合わせた密着描写を

採用したのである
。 (中略)


忠敬の一年間を描くのに五年間も必要とするならば、忠敬は日本全土の

実測に十七年の歳月を投入したのだから、筆者はその後倍の八十五年の

年月をこの小説に費やさねばねらない。
(中略)

( 引用元:『 四千万歩の男 伊能忠敬の生き方 』 一部抜粋)


最後まで描こうと思ったら、8 5 年 か か る ってさ www



さて、井上ひさし氏で忘れてはならないことに、世界平和アピール七人委員会

に名を連ね、社会問題にも積極的に発言した点にあります。


時には ??な ヤバイ発言もあり、右翼の皆様方には お気に召さなかった点も

多々あったようで・・・



新右翼・民族派の論客として名を知られている 鈴 木 邦 男 氏が、かって

バリバリの現役右翼活動家であった頃、井上氏の自宅に 電話をかけた事があったそうです。


何のために電話を?  はいはい、も ち ろ ん 脅 迫 の た め ですよ www


鈴木氏は、この事を 御自身の著書の中でも書いておられるのですが

たまたま 天皇制についての井上氏の発言が納得できず、右翼仲間が井上氏宅

に電話をしたそうです。


ところが、最初は大きな声で怒鳴って話していても、段々声が小さくなり

黙りこんでしまい、自分の方から「今、忙しいから」と言って電話を

切ってしまうのですよ ww で、別の人間がまた 井上氏宅に電話するのですが、

やはり同じように 途中から黙り込んでしまい、同じように電話を切ってしまう・・・

だらしがない奴だ!とばかりに 鈴木氏が電話をしてみたら・・・



井上が出た。逃げない。「あっ、右翼の方ですか。毎日、運動ご苦労さんです」

と言う。拍子抜けした。そして、とんでもない事を言う。


「 私も天皇さんは好きですし、この国を愛しているつもりです。

その証拠に、歴代の天皇さんの名前も全部言えますし、教育勅語も暗誦してます。

右翼の人は当然、皆、言えますよね。あっ、ちょうどよかった。

今、言ってみますから、間違っていたら直してください。

どっちからやりましょうか。歴代の天皇さんの名前から言いましょうか。

えーと、神武、綏靖……」とやる。

黙って僕も電話を切った。


(引用元:『鈴木邦男の愛国問答』一部抜粋)



・・・脅迫電話をかけたら、相手から 「 ご苦労さんです 」 と言われるなんて ww



で、今度は井上氏ではなく、奥様を脅かせば効果があるのでは?と思ったのですが

やはり同じ事だったみたいで・・・・・



「あっ、右翼の方ですね。毎日、運動ご苦労さんです」と言う。 調子が狂う。

「今の世の中で自分の思想を訴え、貫くなんて大変ですよね。立派ですよね」

と言う。「だから私、前からとても興味を持ってたんです。 一日中、街宣車で

走ってるんですか。それで、朝は何時頃、起きるんですか。

朝食は何を食べるんですか。パンや牛乳は 毛唐のものだから

絶対に食べないんですよね」……と、矢継ぎ早に質問する。参った。

「ウルセー、今、忙しいんだ」と脅迫者の方から電話を切った。

次の男も質問攻めに辟易し、電話を切る。

「お前やれ」「やだよ」と、皆、逃げ回る。


でも、その後井上さんに会ったときは、いつも謝っている。

「脅迫事件」から10年位たった時だったかな。


「すみません。あの時の犯人は僕です。警察でもどこでも突き出して下さい」

と言った。「あっ、あの時のド……じゃなかった、右翼の人が鈴木さんでしたか」

と笑っていた。「そうです。あの時のドジな右翼が僕です」と謝罪した。

笑って許してくれた。


(引用元:『 鈴木邦男の 愛国問答 』一部抜粋)



鈴木氏はギャグっぽく書いていますが、実際は かなりシビアな応酬も

あったのではないかとも考えられますが・・・


ただ、何者にも屈することなく 自分自身の信念を貫く姿勢は、全く逆の

信条を持つ 鈴木氏にも伝わったのではないか
と思うのです。


そうした 自分の信念を貫いた 姿勢があればこそ、一歩一歩自分の足で歩いて

初の日本地図を作成した 伊能忠敬へのリスペクトが持てたのではないか、

と私は考えています。


さてさて、今日は本編には入れず井上ひさし氏のことだけでした。ごめんなさい。

それでは、またね・・・。

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2013年04月18日

「お香の日」に読む 『 伽 羅 の 香 』 by  宮尾 登美子


こんにちは、また来て下さってありがとう。


4月18日は「お香の日」になります。


日本書紀によると、「 推古天皇3年(595年)の4月に香木が漂着 」

とあるのですが、たまたま火の中にくべると 非常に芳しい香がしたので

朝廷に献上した とあり、これが香に関する日本最古の記述になります。


また、「 香 」という字を分解すると「 一十八 」になる事から、全国薫物

線香組合 協議会が18日に制定しました。


その後、本格的に香木が伝えられたのは奈良時代、仏教の伝来と共にで、

主に宗教的な儀式に使用されました。


平安時代には 宮中の貴族たちの 優雅で教養的な遊びとされ、やがて芸術

へと昇華して行きます。


「 香 道 」として体系化され 確立されたのは室町時代で、御家流・

志野流として 現代にまで受け継がれています。


また、「香道」に於いては、香を「 嗅ぐ 」のではなく「 聞 く 」と言うそうですが、

これもデリケートな表現ですね。鼻でクンクン嗅ぐのではなく

一瞬の香りを「 聞く 」とは・・・・・


そんな「香の日」にふさわしい作品としては、コレしかないよね。



はい、今日の 読書は『 伽 羅 の 香 』 著者:宮尾登美子  中公文庫



宮尾氏は『 櫂 』のデビュー前から、この作品の原型を書かれていたようですね。

香道を極め、衰退した香道を蘇らせた御家流・ 山 本 霞 月 宗 匠 をモデルに

した作品で、この方が 香道の中興の祖ともいえる方のようです。



大変に優雅な技芸ごとではありますが、私たちが日常的に接するは少ないかなあ?

私自身も、本の中でしか知りませんもの。大谷崎の未亡人である

谷崎松子夫人のエッセイで少し読んだ事がある程度です。


あと、よしながふみ原作の映画「大奥」で、大奥に入った主人公の男性が、

お中揩ニいう役職に出世したときに、源氏香の手ほどきを受けた

シーンを見た位かなあ・・・・・




さて、この物語の主人公・本庄葵は 明治27年、三重県の山林王の一人娘

として生まれました。

幸福で恵まれた少女時代を送り、かねてより好意を抱いていた従兄弟と結婚。


婿養子ではありますが、彼が銀行勤めであることから、東京に家を買って移り住みます。

温厚な知識人である義父にも可愛がられ、お習字やお茶を習う裕福で

恵まれた暮らしの中で二児にも恵まれます。


まるで絵に描いたような幸福な若奥様なのですが・・・・・

しかし、宮尾登美子氏の作品の主人公が このまま幸福な奥様で 終わるはずがない ww



夫の急逝、両親の死・・・悲嘆にくれる中で 葵は義父の薦めもあり、

香 道 を 極 め る 事 を 決 意 します。


師事したのはその道の大家であり、奈良・平安の頃の香木さえも

所持しているような方・・・

私たち読者は、葵と共に香道に関わることを学びます。問香、組香、源氏香・・・


しかし、何分にも“ 香 り ”ですから、どのようなものかは想像するしかありません。

単なるお作法・知識ならともかく、こういう 五感にまつわる感覚は

非常に 文字に表現しにくいのですが
・・・・・


それが目には見えぬ香りだとはわかっても、

最初に受けた軽やかさに美しいもののたなびく感じからは、

抜けきれず、ひいていえばかぐや姫が昇天するときの、

透きとおった裳裾が緩やかな風に波打っているその余香を

身に浴びているような思いにとらわれているのであった。


(一部抜粋)


これが葵と香との出会いを記した文章です。

しみじみと上手い表現だと感じ入ってしまいました。



さて、その時代、香道といえば・・・


此芸は香道とも称し、茶湯と並び行はれて香茶と云へりしが、今は茶湯を

好むものは多けれど、香道は大に衰へたり。


( 「 古事類苑 」遊戯考 [ 聞香 ]より一部抜粋 )


ちなみに古事類苑とは、明治政府により編纂が始められた一種の百科事典です。

もうこの時代には「 大 に 衰 へ た り 」状態であったわけですね。



元来が、貴族や支配階級の優雅な技芸でしたけれど、茶道や華道のように

一般庶民までには広まりませんでしたから。


こういう文化的なたしなみというか、遊芸事は上から下に伝わるものですが

香道に限っては、肝心の香木が希少なものでしたから。



香木は 大量生産できるものではありません。東南アジアの島々で採取される、

数千年前の埋もれ木-----つまり 化 石 に な る 一 歩 手 前 の も の ですから

限りある資源であり、よって非常に高価なものになります。


遊び方も、古典文学の教養が必須という面もありますし、誰でも気軽に

楽しめるものではなかったのでしょう。



この作品の主人公・葵も 山 林 地 主 と し て の 財 力 がバックにあったから

こそ、道を究めることができたのですから。



さて、葵のその後ですが 更なる不幸に襲われます。

頼りになる義父が亡くなり、娘までもが病死、一人息子は戦争から

辛うじて引き揚げてきたものの、やはり結核で死亡・・・



葵に残されたものは・・・もう、香道しかありません。



己の持てるもの全てをつぎ込んで、日本香道の復興のために尽くします。

そして・・・最後にはカリエスで倒れてしまいます。


同じ香道仲間で信頼していた友人たちは(葵の憧れた高貴な方々、ね)

あっさりと葵を 裏切り

葵が心血を注いで育て上げた 公家出身の男性をトップに祭り上げて

違う流派を作り、葵から離れて行きます・・・


傷心の葵は、東京の贅沢な家を、香に理解のある東長寺に寄附し、自分の

大枝流を弟子の辰枝に皆伝、香道具を与えて、これからは 一般庶民の為の

香道を 伝授してほしい
と頼み込みます。


そうして残された香木や 香炉を持って、最後の日々を過ごすために

故郷の三重に一人帰って行くのです・・・



決してハッピーエンドとは言えない終わり方なのですが、読了後は

不思議なことに 暗澹とした気分にはなりませんでした。

いや、むしろ清々しいとさえ思ったくらいです。



ひとつの道を究めた、宮尾作品では お馴染みのヒロインの生き様に

心を打たれたからでしょうか?



葵の理想とした 絢爛豪華な王朝絵巻の世界は かないませんでしたが、

結果としては、それでこそ香道が21世紀の今日まで連綿と続く原動力と

なったのだから・・・・・



宮尾氏は、この作品を書くに当り、御自身も香道を必死に習ったとのこと。

他の宮尾作品よりも静謐な感が強く、張り詰めた 緊張感が感じられたのは

氏の精進の賜物なのかもしれませんね。


私は香道は無理だと思うけれど、もっとお手軽なアロマテラピーなどは

どうかしら?・・・なあんて思ってしまいました。

さてと・・・今日はこれでお終いにしましょう。

またね。


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2013年04月17日

「 恐竜の日 」に読む 『 失われた世界 』 by コナン・ドイル


こんにちは、今日も来て下さってありがとう。


4月17日は「恐竜の日」・・・・・1923年、アメリカの動物学者

ロイ・チャップマン・アンドルーズがゴビ砂漠に向けて旅立った日で、

5年間に25個の 恐竜の卵の化石を発見。以来、本格的な研究がスタートしました。



「恐竜」と聞いて・・・『 ジュラシック・パーク 』を連想されましたか?

PART2が確か『 The Lost World 』 でしたしね。マイケル・クライトンの

原作でも良かったのですが、まずは古典ともいうべきこの作品を・・・



はい、今日の読書は 『 失われた世界 』 by  コナン・ドイル

東京創元社 早川文庫など



著者はコナン・ドイル(1859〜1930)

Sir の称号を付けて、サー・アーサー・コナン・ドイルと言うべきか・・

代表作は世界的にも有名な『 シャーロック・ホームズ 』シリーズ。


“ 名探偵 ”の代名詞になる程有名になり、今でも世界中に沢山のファンがいますし

「シャ−ロッキアン」と呼ばれるマニアのことはあなたも御存知と思います。


また、この名探偵の誕生により、探偵小説がエンターティメント小説の

一大ジャンルを築く歴史的なスタートとなったともいえますよね。


しかし、笑えるのは、ホームズのキャラクタの誕生により

名 探 偵 = 変 人 という法則を生み出したことかしら www


それに、著者のドイル自身よりも、創作した名探偵の方が世界的に有名

になってしまったのも珍しいケースではないでしょうか?



さて、生みの親であるコナン・ドイルはアイルランド人の役人の子として

スコットランドに生まれました。エディンバラ大学の医学部を卒業後は

ロンドンで開業。文学に手を染めたのは家計の足しにするためといわれ、

船医としてアフリカ西海岸への航海に出たこともあります。



作家として富と名声を得ても、少しも芸術家めいたところのない素朴な

印象でありながら、残虐で血も凍るような話を好んで来客にしたり、

スポーツ・宗教・政治・科学・殺人・心霊科学等にも関心が深かったとか・・・・・


ホームズが大人気になっても、ドイル自身が本当に好んで書きたかったのは

この『 失われた世界 』や『 マラカット深海 』のような S F 物のようです。



しかし、ドイルとほぼ 同時期に活躍した『 海底二万マイル 』のジュール・

ヴェルヌ(1828〜1905)や、その後に登場したH・G・ウェルズ(1866〜1946)

たちに比べると・・・空想科学小説というよりは、むしろ 冒 険 活 劇 物 語

と呼んだ方がふさわしいような? 強いていえば、『 ターザン 』や『 火星のプリンセス 』を

書いた バローズにテイストは似ていると思うんですが?



さて、『 失われた世界 』の主人公は 古生物学者の チ ャ レ ン ジ ャ ー 教 授 で、

物語の語り手が 新聞記者の マ ロ ー ン です。


丁度、ホームズとワトスンのような関係になるでしょうか?



このチャレンジャー教授も、ホームズに負けず劣らず 変 人 いや個性的な人物で、

2年前に 南米に一人で探検に出かけたのですが、正確な場所は秘密。


何か奇妙な冒険をして 奇妙な動物を発見したらしい・・・・

周囲の評判は、誇大妄想狂か大ボラ吹きか ww 乱暴で つむじ曲がりの人物だと。

マローンが初めて教授に会ったときの第一印象は・・・・・



その容貌に僕は息をつめた。普通の人間などとは思っていなかったが、

こんな強烈な個性の持ち主だとは-----
(中略)

顔と髭は、アッシリアの牡牛のようだ。顔は赤らみ、髭は青みがかる程

黒く、スペード型になって胸までたれていた。髪の毛がまた独特だった。

長々とうねりながら大きな額の真ん中にたれさがり 
(中略)

目は青灰色で濃く黒い眉の蔭から鋭く、傲然と光っている (中略)

咆えるような、唸るような、とどろくような声、それがかの有名な

チャレンジャー教授から受けた僕の第一印象だった。


(一部抜粋)


うーん、なかなかワイルドで 濃厚なキャラのようですねwww


マローンは彼から、南米アマゾンの奥地で 古代に絶滅したはずの生物が

生き残っているのを発見
したと告げられます。目撃しただけではなく、

アマゾンの流域で死亡したと思われるアメリカ人の遺品から、その生物を

描いたと思われるスケッチブックも発見したとのこと。


教授は、学会でその事を発表し、探検旅行を提案します。

応じたのは、チャレンジャー教授に批判的な サマリー教授、冒険家として

名高いジョン・ロクストン卿・・・そうして我らがマローン君。

かくして、彼ら4人組は南米アマゾン奥地に向かいます。 コ コ ね ↓

ギアナ高地.jpg

( 写真引用元:ttp://www.fivestar-club.jp/ ファイブスタークラブ様 )


モデルになったのは今でも 地球最後の秘境と呼ばれている ギ ア ナ 高 地 です。


世界遺産にも登録されていますし、よくテレビの旅行番組等でも紹介

されているので 御存知の方も多いでしょうね。


テ ー ブ ル ラ ン ド ”と呼ばれる高地帯が点在するエリアです。

今でさえも秘境と呼ばれる位ですから、19世紀のドイルの時代ではもっともっと

人外魔境の地(宇宙旅行並み?)ではなかったでしょうか?


アマゾン川を遡り・・・ジャングルや沼地を抜けてたどり着いた平原には

断崖が垂直に聳え立つ巨大な台地が・・・高さは300m以上もありそうな断崖を


よじ登る事は到底不可能なのですが、隣接する岩山の頂上で木を切り倒して

丸木橋を作り、辛うじて渡った台地の世界は・・・ジュラ紀さながらの

古 生 物 た ち の 世 界 でした。


しかし、ロクストン卿に恨みを持つ現地人ガイドにより丸木橋を落とされてしまい

一行は この台地にとり残されてしまうことに・・・・・



「 失われた世 界」を冒険しながら、彼らが見たものは、翼竜にイグアノドン、

アロザウルス? 巨大なヘラ鹿・・・いろいろツッコミ所は多いのですが ww



いや、古生物ばかりではなく ミッシングリングではないかとも思える

凶悪な 猿人が登場! さらには、この地に住んで独自の生活様式を持つ原住民

までが登場するわで もう、何がなんだか www


この辺り、荒唐無稽ともいえる設定なんですが、不思議なことには違和感なく

読み進めて行けます。正統派のアドベンチャー物語を楽しむ感じでね。



秘境には、今なお古代生物が生き残っているのではないか・・という

想像力の翼を思う存分伸ばして描いた作品だと思うな。

それが読む者のロマンをかき立たせるのです。


また、『 失われた世界 』が発表されたのは1912年。ドイル後期の作品ですが

作家として円熟期に入った時期の作品であり、読者を楽しませる筆力が

アップしたせいか、ワクワク感を充分に味わうことができました。


登場人物が皆、魅力的でありユーモアたっぷりに描かれているせいでしょうか。

冒険小説がお好きな方にはホームズよりも楽しめるかもしれません。



最後に、彼らは原住民から教えられたトンネルを抜けて無事に元の平原に戻れます。



帰国後はもう大凱旋ですよ。一躍時の人となりヒーロー扱い・・・

クィーンズホールで発表します!と大集会が開かれます。


で、発表会では どうしても信用できないと主張する学者に対して

実物をお見せします!とばかりに運び込まれた大きな木箱から現れたのは・・・・・


チャレンジャー教授ったら・・何と翼竜を一匹 連れ帰って来たのですよ!

しかし、周囲が騒然とする中で、翼竜は高く飛び上がり窓から逃げ去ってしまいます。


・・・そうして、ザ・エンド。  しかし、教授の名誉は守られました。



原作はこれで終わりなんですが、非常に面白いと思ったのは、英国のBBCが

2002年にドラマ化して放映(DVDも販売)しましたが、このラストの

解釈を全く変えているのですよ。


ある意味では今日的で、現実的な解釈ともいえるかもしれませんが・・・


最後に・・・この物語の扉の言葉を引用して今日はお終いにしましょう。


半 分 お と な の 子 供 か

半 分 こ ど も の 大 人 が

ひ と と き を 楽 し め れ ば 、と

へ た な 趣 向 を こ し ら え た 次 第


( 扉の言葉 加島祥造訳 )


いやいや、読者的には充分楽しませてもらいましたが、一番楽しんだのは

作者であるコナン・ドイルその人ではなかったか、と www

それでは・・・またね。



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