2013年04月05日

「 日本癌学会創立の日 」に読む 『 おい癌め 酌みかはさうぜ 秋の酒 』 by 江國 滋


こんにちは、今日も来て下さってありがとう。

4月5日は「日本癌学会創立の日」です。


このタイトルを見て これって 俳句なの? と思われましたか?

そう、俳句そのものが本のタイトルになっています。

そして、この俳句は・・・そのまま 著者の 辞世の句になりました。


はい、今日の 読書は 『 おい癌め 酌みかはさうぜ 秋の酒 』

著者:江國 滋   新潮社  新潮文庫



著者の江國 滋氏( 1934〜1997 )は 随筆家であり 演劇評論や 俳人としても

その才を認められていた方でした。


作風は軽妙にして洒脱、『 阿呆旅行 』などの紀行文や、平成元年には

乱れた日本語を一刀両断する『 日本語八ツ当り 』がベストセラーになりました。


う〜ん・・・こう書いても“ 過去の人 ”という印象 になってしまいますね。


あなたは、この江國 滋氏を 御存知でしたかしら?

本は読まなかったけれども、何かの雑誌でコラムやエッセイを読んだ事があるとか

また、俳句のお好きな方なら、日経新聞の「 日経俳壇 」の 選者 を長く

務めておられた方なので、そちらの方で名前を聞いたことがあるかも?


いや、今では もっと簡単に 江國氏を紹介する方法があります。

あなたも、“ 江 國 ”という姓で 多分気がついておられるかもしれませんが

この方は、作家の 江 國 香 織 氏 の お 父 さ ま なんですよ。


父親がよく 江國氏の随筆を読んでいたので、自然と私もなじむようになりました。

御家族の事もよく出てきますので、二人のお嬢さんたちの名前も覚えてしまいましたよ。

随筆中に、よく「 香織が・・」「 香織が・・」と名前が登場しましたしね。

もちろん、妹さんの 晴子さんのことも。


なので、今でも 江國香織氏といえば、あの江國サンのお嬢さんなんだ

というイメージがあります。

江國 香織氏の整った目鼻立ちはお父さま譲りかもしれませんね。


随筆と小説、また性別の差はありますが 作風は全くお父さまと似てはいません。

親子でも 人格やキャラクタは全く別物なので当然とは言えますが・・・

ちなみに、阪神タイガースファンは お父さま譲りみたい。家風かな?


最近、江國 香織氏のエッセイ『 や わ ら か な レ タ ス 』を読了したばかりですが、

独特の感性 そして育ちの良さを感じさせる 眼差しは心地よいものでしたよ。

食に関する氏のこだわりも 興味深かったし、

涼やかできれいな 日本語を書ける作家に成長したと思うなー。



いやいや、お嬢さんの話はもう止めなければ・・・・・


『 おい癌め 酌みかはさうぜ 秋の酒 』には 「 江 國 滋 闘 病 日 記 」という

サブタイトルが付けられています。


1997年( 平成5年 )2月5日の日付から始って、同年の7月16日で御本人が

記された分は終わっています。7月17日から7月31日までは 奥様のお話を

元にして 病状や 御本人の言った事が 記されているのですが・・・・・



体調不良が続き、念のために受けた検査の結果、食道ガンと宣告された

江國氏は、病床で 克明な日記を 綴っておられました


日記だけではなく、闘病しながらも俳句作りに 励むことを宣言。

何かを考え始めると嫌でも「死」に行き着いてしまうので 敢えて

闘 病 俳 句 を創り続けたいと望んだ末のことでした。


氏の俳句ノート& 闘病 日記は 何と大学ノート 11冊分!

そして 療養をテーマとした俳句が約 500句・・・

この本は 江國氏が残した日記と俳句で構成されています。


残 寒 や  こ の 俺 が こ の 俺 が 癌             (滋酔郎)


“ 滋酔郎 ”は 江國氏の俳号です。

そして 国立がんセンターに入院、検査、3月4日に手術と決定します。


カーディガン ナースはみんな やさしくて        (滋酔郎)

春ともし 遺書を書かうか 書くまいか          (滋酔郎)


10時間以上にも及ぶ大手術でした・・・

食道のほぼ 全部( 前に胃を切除しておられるので )胃の残り部分を摘出 

大腸の一定部分を 引っ張り上げて 食道の代替にする手術でした。


その後はICUへ。一時の危険な状態から脱して・・ICUのベッドで

仰向けのまま 俳句と日記のメモをつけ始めます。


春暁や 入院死だけは してたまるか           (滋酔郎)


手術後は水も飲めないし 食事も出来ない状態がしばらく続きます。

そして手術後の猛烈な痛み・・・四月に入って


死神に あかんべえして 四月馬鹿            (滋酔郎)


病院の会計から3月分の医療費請求書が届けられますが、 〆て

171万5330円也・・・ガンはお金のかかる病気なんですよ・・・・


夜寒の夜 考えている銭(ぜに)のこと          (滋酔郎)


しかし、手術跡がうまく癒着せずに 改めて手術となりました。

これでようやく、一段落と思いきや・・・・・

5月下旬、ガンが頸部リンパ節に転移していることが分かりました。



目 に ぐ さ り 「 転 移 」 の 文 字 や  夏 さ む し         (滋酔郎)

梅雨冷えの 奈落の底の 底思ふ             (滋酔郎)



そして6月、まだ最初の手術の 癒着も充分ではないままに 

新たに 放射線治療が加わります。


放射線に 最後の願ひ 託す夏              (滋酔郎)


肩や腕の猛烈な痛み、手術後の痛みは取れず、

この頃から痛み止めにモルヒネが投与されるようになりました。


河骨や 骨まで癌に 愛されて              (滋酔郎)



このまま順調に行けば外泊も出来るかも?と期待していたところ

ちょっとした事で 右腕の上部が 骨折( 剥離骨折 )していることが分かります

放置しておくと、いつ何時ポッキリ折れるか危険な状態なので

補強する為の 手術が必要とか・・・


4回目の手術が7月1日。病名は 上腕骨病的骨折−-- 癌 の 骨 転 移 との事

この後は、痛みは続いても 病状が一旦落ち着いたので、7月19日には退院できたのですが

肺炎を 発症して再び入院・・・・・



そうして、8月8日、最後の句を 原稿用紙の裏側に書き付けます。

“ 敗 北 宣 言 ”と前書きをつけて・・・・・


お い 癌 め 酌 み か は さ う ぜ 秋 の 酒            (滋酔郎)


その後、8月10日に永眠。享年 62歳でした。



4人に1人がガンにかかると言われているそうですが、あなたの周囲にも

ガンでお亡くなりになった方はいらっしゃるでしょうか?


私にも 家族や友人知人 何人もガンで亡くしていますので、この作品は

とても他人事とは思えない気持ちで読みましたよ。


単なる闘病記、というだけでなく 一流の随筆家である江國氏ならではの

“ 作 品 ” に仕上がっている所が 凄い・・・


しかも、要所要所に 適切な季語を 踏まえた俳句を入れながら。

ガンを宣告された心境から、覚悟を決めて受け入れ、少しずつ気持ちを

整理していくプロセスをしっかりと 読み取れることができました。

それだけに、転移を宣告されたときの 心境の痛ましさもよく分かるのです。



最後の句に 敗北宣言と前書きをつけたのは・・・もうダメだ、という気持ちではなく

江 國 氏 一 流 の ユ ー モ ア の 表 現 であると 私は信じています。 



長くなりすぎるので 今日はこの辺で終わりますけれど

暗い気持ちにさせたら ごめんなさい。

それでは また・・・


posted by cat-of-many-tales at 00:00| Comment(0) | 日本のエッセイ&ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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