2013年05月19日

『 楢山節考 』(by 深沢七郎)を「今村昌平監督カンヌ・グランプリを受賞」の日に読む


こんにちは、また来て下さってありがとう。 5月19日は (少々長いけど)


今村昌平監督が『楢山節考』で カンヌ映画祭グランプリを(正確には・パルムドール)

受賞した日になります。 それでは原作に敬意を表して・・・・・


はい 今日の 読書は 『 楢 山 節 考 』 by 深沢七郎


    楢山節考

    著者:深沢七郎

    出版社:新潮社

    サイズ:文庫 217ページ  


著者は深沢七郎(1914〜1987)山梨県石和町(現在は笛吹市)生まれ。中学時代

にギターを学び、卒業後は職を転々として日劇ミュージックホールにギター奏者

として出演。昭和31年『楢山節考』でデビュー。


雑誌「中央公論」新人賞に応募して受賞したものですが、その時の選考委員が

三島由紀夫・伊東整・武田泰淳という、ため息の出るような錚々たる作家陣・・・

辛口の批評家であった正宗白鳥をして「 人 生 永 遠 の 書 」と言わしめました。


しかし、その後 中央公論に発表した『 風 流 夢 譚 』では皇室を侮辱したという事

で発行元の社長宅が右翼に襲撃され、死者まで出す事件に発展してしまいました。

この「風流夢譚事件」以降は、しばらく休筆して放浪生活・・・。


『風流夢譚』は資料として私も読みましたが、拍子抜けする程 軽い作品であり、

『楢山節考』の完成度には遠く及ばず・・・三島由紀夫の強力なプッシュで掲載

されたそうですが、思想的&政治的な覚悟は何も感じられません。

作品としては・・・うーん、 評 価 の 対 象 外 でした。


その後、「 川端康成賞 」の辞退も含め、埼玉県の自分の畑に「ラブミー牧場」と

名前をつけたり、ユニークな行動でも注目を集めた方です w



作品としては他に、戦国時代の甲州の農民を描いた『 笛 吹 川 』 『 東 京 の プ リ ン ス た ち 』

『 東 北 の 神 武(ずんむ)た ち 』 『 みちのくの 人形たち 』など

他の追随を許さない作風でした。




さて、『楢山節考』です。ストーリィーはよく知られていると思いますが

“ 姥 捨 て 伝 説 ” を元にして描かれた作品です。



時代は近世 おそらくは江戸時代後期で、天保時代以降。

信州の 峻厳な山ふところの小さな貧しい村です。名前さえも付いていない村。

冬には大雪が降り 土地は痩せて収穫も豊かとはいえません。

白いご飯は「白萩様」と呼ばれ、食べられるのは年に一度の楢山祭りの時だけ。

・・・そんな寒村です。


村周辺の人々にはひとつの信仰があります。それは「 お 山 」信仰。


「お山」には神さまがいると信じられています。

山や河川などの自然信仰は 別に珍しくは無いのですが、この村では「お山に行く」

という言葉があります。

薪拾いや炭焼き、その他仕事で単に山に行くのではなく「 楢 山 さ ま の 所 に 行 く

それは「 死 」を意味しています


70歳以上になれば、ひとり家を離れて 奥深い「お山」に入っていかねばなりません。

食料も持たず 高齢者が一人で寒い山に・・・即ち、座して「死」を待つこと。



貧しい寒村では、大勢の人を養う事はできません。収穫量に限りがあるので

適正な人口を保つ為にも、老いて生産性の無くなった人間はもう必要とされない

のですから。

楢山節考2.jpg

( 画像引用:今村昌平『 楢山節考 』DVD  お山での別れのシーン )


お り ん は69歳。一人息子と孫が4人います。御亭主は20年前に死去、息子の嫁は

去年谷底に落ちて死亡してしまったので、ずっと後妻を探していましたが、運よく

隣村から後家になったばかりの 玉 や ん が来てくれてホットしました。


お山に入る準備はもう整えてあります。 山に入る前の晩、儀式で村の衆に呑ま

せるドブロクも 山で自分が座る真新しいムシロも・・・



ただ、気がかりなのは自分の丈夫な のこと・・・年寄りなのに歯が丈夫で 抜けずに

揃っている事は、村では嘲笑の的になります。 役立たずの癖に 如何にも強欲で

大飯食らいに見えるからでしょうか?


自分の歯の数が 替え歌で歌われるのを耳にする度に おりんは胸を痛めます。そうして

何をするかというと・・・毎日、火打ち石で歯を砕こうとします。( 痛そう・・)

思いっきり石臼に 前歯を打ち当てて、口を血だらけにして何とか2本だけ抜いて

しまったのは、玉やんが来てくれてから。


現代の私たちに理解しがたいのが、この件でしょうね。 丈夫な歯が揃っていて

恥ずかしいなんて!

・・・貧しい時代にはね、必要以上の長生きは「 なんですよ。



また、村で最も重い罪とされるのは 食料を盗むこと。豆の入ったカマスを盗もうとした

雨屋の家族は、他の余罪もばれてしまい重い制裁を受けます。

具体的には記しませんが、一家12人が なぜか(?) 村から居なくなってしまったとか・・・





■□─━─━─━─━─━─━□■

かやの木ぎんやん ひきずり女
せがれ孫から ねずみっ子抱いた

■□─━─━─━─━─━─━□■【一部抜粋 】


「ねずみっ子」はひこ孫のこと。ねずみのように沢山子どもを産むという事で

食料不足が恒常化している村では、これも嘲笑の的・・・
   


■□─━─━─━─━─━─━□■

塩屋のおとりさん運がよい
山へ行く日にゃ雪が降る

■□─━─━─━─━─━─━□■【一部抜粋 】


雪が降るのが何で運がよい?と思うでしょう? 昔初めて読んだときには、

雪が降って山に行けなくなる(死期が延びる)からか?と思ったくらいです。

もちろん、そうではなくて山に「着いてから」雪が降るのが運がよい・・・

途中で降られては道中が難儀するし、行く前に大雪が降り積もると行けなくなっ

てしまい、これも恥・・・



丁度、いいタイミングで着いてから雪が降り出すのが良い、のでしょう。

上手く(!)凍死できれば 苦しまずに早く死ねるから、という意味でしょうか?



もちろん、おりんのように覚悟を決めている人だけではありません。

物語中には「死にたくない!」と必死に抵抗する又やんのような老人もいます。

結局は、息子に繩で縛り上げられて「お山」の頂上の手前にある七谷から突き落

とされてしまうのですけれど・・



おりんの息子の 辰 平 は そこまで割り切れず釈然とした思いを抱き続けています。

けれども、孫の けさ吉 が、嫁として同じ村の娘を連れて来てしまい、来年には赤ん坊が

産まれるとなっては、切迫する食糧事情は如何ともし難く おりんの楢山まいりを

受け入れざるを得ませんでした。



この作品では、辰 平 の 母 を 思 う 気 持 ち が終始一貫してバックミュージックのように

流れています。 老母への愛情 VS 村の掟と食糧事情 の狭間で彼が苦しんでい

るのが読者には伝わりますから・・・



さて、儀式も無事に済ませた早朝に、おりんは息子の背負っている背板に乗せられて

二人で楢山さまに向かいます。

山頂に近づくにつれ、空を舞うカラスの数が不吉なほどに増え、足元には

ミイラ化したような死体や白骨が点々と・・・

楢山節考木下.jpg

( 画像引用:木下恵介監督『 楢山節考 』1958年作品 http://www.youtube.com/watch?v=8JBQtm5sAoM

もしも未読の方が、ここまでの概略を読んで思うのはどんな事でしょうか?

なんて陰惨な物語!と感じるでしょうか? 悪しき封建時代の遺物のような物語

と感じるでしょうか?


しかし、実際にこの作品を読んでみると 暗 さ が 全 く 無 い 事に気づくと思います。

少なくとも、おりんは自分の事を可哀想だとは思っていないし、「お山」に行く事を

むしろポジティブに捉えている。



この作品は、発表当時から物議をかもし、アンチ・ヒューマニズムの権化のよう

に言われたりもしました。

ヒューマニズム? いや、そういうレベルで語るべき物語ではありません


確かに、封建的で陰惨、救いようの無い 前近代的な因習と非難するのは容易いけれどもね。

日本が 近代国家になってからは こうした因習に満ちた行為を止めさせる事に成功しました。


それは喜ばしい事なのですが・・・それよりも・・・

現代の私たちは・・・還るべき「お山」を持っているでしょうか?


それとも「お山」は私たちの すぐ傍らに 聳え立っているのに見えないだけなのでしょうか?

あなたは、どう思うかしら? 答えられる人はいるのでしょうか?


だからこそ、永遠の課題として時代を超えて読み継がれるべき作品なのかもしれません。


今日はちょっと重苦しい話でしたね、ごめんなさい。

それでは、またね。



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posted by cat-of-many-tales at 00:00| Comment(0) | 日本の小説 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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