2013年04月11日

「アイヒマン裁判開始の日」に読む 『 アイヒマン調書− イスラエル警察 尋問 録音記録 』



こんにちは、また来て下さってありがとう。


4月11日は、「アイヒマン裁判開始の日」になります。


正確には、1961年4月11日。 名前はアドルフ・アイヒマン、ドイツ人です。

ア イ ヒ マ ン ・・・この名前にピンと来るでしょうか?


ドイツ人で イスラエルで裁判にかけられる様な人物ならば・・・犯した罪は?

はい、そうです。アイヒマン(1906〜1962)はドイツのナチス政権時代に、

ホ ロ コ ー ス ト に 関 与 していました。



数百万人のユダヤ人を 強制収容所に送り込む、その指揮を取っていた人物です。

具体的には、輸送の責任者で、メイン業務はデスクワークでした。

「 最 終 計 画 」つまりユダヤ人を 全部抹殺するという計画のため、

強制輸送をベルリンで指揮していたのです。



戦後、アルゼンチンへ亡命していましたが、イスラエル諜報特務庁の

追及の手から逃れられずに逮捕、イスラエルに連行されます



そうして、1961年の4月11日から「人道に対する罪」と戦争犯罪の

罪で裁判にかけられ、12月には 有 罪 ・ 死 刑 判 決 が下されます。


ちなみに、裁判の様子はラジオで生放送され、イスラエル国民の多くが

ラジオに釘付けになり、通りから人影も消えてしまったとか・・・・・

1962年には 絞首刑が執行されました。



裁判の前にイスラエル警察は8ヶ月間、275時間もの時間をかけ、

尋問を行いました。その尋問官とアイヒマンとの録音記録が・・・・・




はい 今日の 読書は 『 アイヒマン調書 − イスラエル警察尋問録音記録 』

by ラング・ヨッヘン・ファン   小俣和一郎訳    岩波書店




著者のラング・ヨッヘン・ファンは『 ヒトラー 帝国 最後の 100日 』で

有名なジャーナリストです。



う〜ん、今日の本は少々重苦しいものになりましたね。



アイヒマンと、この裁判については、相当数の関連書が出版されていますが

有名なところでは・・・・・



『イェルサレムのアイヒマン 悪の陳腐さについての報告 』 by ハンナ・アーレント


『 われらは、みなアイヒマンの息子 』 by ギュンター・アンダース  etc



敢えてこの本にしたのは、取り敢えずは この本にはアイヒマンの

発言がストレートな形で載っているから・・・


ただ、この記録はあくまでも イスラエル側の発表した記録 である事は

一応は頭に入れておきましたが。


この記録の信憑性について、モサドがこんなに紳士的に

尋問するだろうか?という意見もあるようですが

尋問する上でのテクニックとして、敢えて紳士的に接する事はあるからね ww



尋問したのは、アヴネール・W・レス というイスラエル警察の大尉。

父親や十数名の親族がナチスの手によって犠牲になっています。



アイヒマン VS ヘス


この二人の対話による記録がこの『 アイヒマン調書〜 』ですが・・・



ところで、再度お尋ねしますが、あなたはアイヒマンの事を御存知でしたでしょうか?


私は・・・私は・・・よく知りませんでした。



ナチスのゲッペルスやヒムラー、またはメンゲル博士のように名の知れた人物ではないし

党の中でのランクも高くなかったはずだしね。( 最終的な階級は 親衛隊 中佐 )



ただ・・・戦後アルゼンチンに亡命していたナチの残党がイスラエルの

諜報機関により逮捕された・・というのをエピソード的に知っていた位かなぁ。


で、何で そのエピソードを覚えているかというと・・・逮捕されたとき

お花屋さんで、奥さんの誕生日のために花を買った後・・というのが印象に残っていたから。

残虐極まるナチスと、奥さんのために花を買うというギャップが忘れ難かった。



アイヒマンの名前は既に 1945年のニュルンベルク裁判で挙がっていたけれど、

それ程階級も高くないアイヒマンが本当に関与したのか?

ユダヤ人虐殺のキーマンだったのか?という疑問は残されていたみたい。


それが明らかになったのが、この時の尋問といえるでしょう。



さまざまな資料や記録・証言を元にして、ヘスがアイヒマンに尋問していくのですが

アイヒマンの答えは(ある意味では)終始一貫して変わらないんだよ。



その代表的な答が・・・・・これかなぁ・・・・・




レス:しかし、あなたは職業上、ガス室殺人について知っていたじゃないか!


アイヒマン:それは、もちろん気付いていました、知っていました。


レス:ユダヤ人問題の最終解決において ユダヤ人を完全に抹殺する

という考え方に対するあなたの見解は?



アイヒマン:それについては、すでに申上げたはずです、大尉殿。

当時、そのことを最初に聞いたとき、それは・・・・・・前に言った

ように、まるで殴られたかのような ショックを受けました。

これも言いましたが、最初に現実を見たときも、がくがく震えました。

それが事実です。 


その後 自分が抹殺には 関与しなくて済んだということが、どんなに幸いなことだったか。

私は 抹殺には何一つ 関与しなくて済んだんです。



レス:でも、移送業務も 抹殺の一つだったのでは


アイヒマン:大尉殿、すでに申上げたとおり、誰がその作業に参加して、

誰が参加しないのか------それを決めたのは私ではありません。

私は単に、移送せよとの命令を受けただけです。
(中略)


われわれはヒトラーの命令に 従うかどうかのチャンスを与えられただけで、

私はそれに一つの 可能性を見出しただけです。


私は従いました。その命令の如何に拘らず、従ったでしょう。

それは確かです、従いましたよ。実際にも、服従しました。

自分の意思で従いました、大尉殿。


私は・・・・・・当時は、そうすることが私の考え方でした。

自分の受けた命令に私は従いました。


(一部抜粋)



う〜む・・・・・要するに、自 分 は 命 令 に 従 っ た だ け だ か ら

責 任 は な い ! と 主 張 しているのですよ。



確かに、アイヒマンは 政策決定者ではありません。 上からの命令に従っただけの

まあ、いってみれば 中間管理職的な?官僚の一員に過ぎなかったのだけれど・・・

けれども、その命令に対して NO!と言わなかった事が罪 であると判断されたわけ。

組織の中の歯車であっても、罪は罪ということでしょうか。



法廷ではアイヒマンは、最後に本を執筆したいと希望したようです。


あの異常事態で 個人は何が出来たか、戦争では悪が合法化されるから、

その時に、個人的・市民的な正義で防げるのか?


私が抹殺されて終わりである(他の人間がその任務を遂行するだけだから)と

主張して本が書きたいと希望したようですが、これは却下されました。




さてと・・・・・



アイヒマンが処刑されて、いったん切りがついたように見えるけれど・・・

これは、ナチス時代の特殊な出来事か?というと・・・それは・・・・・

もちろん、アウシュビッツのような事はもう二度と起らないと信じたいよ。


けれども、このアイヒマンの問題は終わってはいない。


アイヒマンは、自分は忠実に職務をこなしただけだ、それが罪なのか?と主張した。

現代の 私たちは「そうだ、それが罪だ!」と容易く言えるけれども・・・



いや、そもそもアイヒマンはアルゼンチンに逃亡していたのだから、

即ち、悪い事をしたという自覚があったはずでは?


また、アイヒマンの写真が少ないのは、戦争が終結に向かうにつれ

写真を撮られることを拒否するようになったかららしい。

自分が 戦犯として手配される事が予測がついたから?


ならば、やはり、与えられた命令が、悪であると知っていたからでは

しかし、自分が収容所に送り込んだ人々が、その後どうなったかについては

全く考えてはいない。というか・・・想 像 す ら し な か っ た みたい・・・。



裁判の一部を傍聴していた ユダヤ系 哲学者 ハ ン ナ ・ ア ー レ ン ト は、

アイヒマンのことを「 悪 の 凡 庸 さ ・ 陳 腐 さ 」と名付けました。


アイヒマンが 残忍な異常者・殺人狂のような人物ではなく、逆に、命令に

対しては 無条件に盲従する下っ端役人である事を知った上で・・・

個人が 思慮と良心に欠けた状態で、組織の歯車に組み入れられてしまうと、

とんでもない悪事を犯してしまう、それが問題
であると・・・・・



このアイヒマン裁判については、ノンフィクションは多いけれど、

例えば、日本の作家の中で 作品中で(もしくはエッセイでも)

言及されたものはないかとも考えてみたけれども

なかなか思い浮かばなかったなぁ・・

うかつに発言できない 問題を孕んでいるからだけれど



強いて言えば・・・ 村 上 春 樹 ぐらいでしょうか?

『 海 辺 の カ フ カ 』 でほんの少し触れられています。



アイヒマン裁判の本を読んで、アイヒマンに思いを馳せるシーンがあった

と思うけれど・・


優れた実務家であるアイヒマンは 罪悪感を感じることなく、効率的に

最終計画をこなすために 頑張って計算をした。 業務に忠実に。

だから、罪悪感を感じることがないし、自分がどうしてこんな裁判に

かけられなければいけないか、分かっていない。

結局は 想像力の問題なのではないか、自分達の責任は 想像力から始まる、と

記されていた記憶があります。



さすがは作家、さすがは村上春樹というべきなのでしょうね・・・・・

(ハンナ・アレントを意識したと思われますが)



何だか、まとまりが無いけれども、今日はこの辺で終わりましょう。

でも、最後にあなたに聞かなければね、自分自身への問いかけでもあるけど


「 あなたは 命令されたら、どんなことでも 忠実に 行いますか ? 」と。


それでは、またね・・・・・次のアップは明後日になります。

posted by cat-of-many-tales at 00:00| Comment(0) | 海外の小説・その他 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
コメントを書く
お名前:

メールアドレス:

ホームページアドレス:

コメント:

×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。