2013年05月04日

「 ラムネの日 」に 読む 『 ラ ム ネ 氏 の こ と 』   by   坂 口 安 吾


こんにちは、いつも来て下さってありがとう。


5月4日は「 ラムネの日 」です。


初めてラムネ( 炭酸飲料 )が日本にもたらされたのは、ペ リ ー の 浦 賀 来 航 時 で、

ペリー艦隊の乗組員が 日本側の役人達にふるまった時、だそうです。


その後、1865年( 慶応元年 )に長崎の藤瀬半兵衛が 製造して「レモン水」の

名で 売り出したと伝えられていますが、この「レモン水」は広まりませんでした。


本格的にラムネが普及し始めたのは、1872年( 明治5年 )東京の実業家である

千葉勝五郎が レモン水製造技師を雇って、初めて5月4日に製造してから。



よって、全国清涼飲料協同組合連合会は 5月4日を「 ラ ム ネ の 日 」と定めています。


ラムネ・・・日本の夏のソフトドリンクとして、古くから愛されてきたのね。



「ラムネ」というネーミングは、「レモネード」が訛ったもの と言われていますが・・・

いやいや、実は!と、ラムネを語りながらも、時代への 抵抗の姿勢を表明した 好エッセイがあります。


はい 今日の 読書は 『 ラムネ氏のこと 』  by 坂口 安吾



この作品は パブリックドメインなので、自由に読む事ができます。


Kindle をお持ちの方は 上記Amazon で無料ダウンロードできますし、インターネットの

図書館・青 空 文 庫 で も 公 開 されていますから、興味のある方は下記 URL からどうぞ!

http://www.aozora.gr.jp/cards/001095/files/45864_32940.html



こちらも青空文庫です。左側の View the book の Read Online をクリック

しても読めます。(ページをクリックすれば次のページにめくられていきます)

その下のPDFでも読めるし保存もできます。便利な世の中になったもんだ・・・

http://archive.org/details/aozorabunko_45864



また紙ベースでは、ちくま文庫の 坂口安吾全集( 1 4 )に収録されています。

生前に未刊行のエッセイや 『 堕 落 論 』 『 日 本 文 化 私 論 』などが収録されていますので、

お値打ちな?一冊です。残念ながら 版元では品切れなんですが、Amazonなら

数百円で 常時販売されているはず・・・


さてさて、『 ラムネ氏のこと 』です。



著者は 坂口安吾(1906〜1955)『 桜 の 森 の 満 開 の 下 』や『 堕落論 』、『 二 流 の 人 』

『 不 連 続 殺 人 事 件 』 で著名な文学者ですね。また「 無 頼 派

と呼ばれる作家の一人でもあります。


『 ラムネ氏のこと 』は 都新聞(みやこしんぶん)の 昭和16年11月に発表されました。

( ちなみに 都新聞は明治〜昭和にかけて発行された新聞で、1942年に國民新聞と

合併して、現在の東京新聞 に )



わずか数ページの このエッセイは久しく埋もれたままになっていました。

一般に知られるようになったのは 筑摩書房の 教 科 書 『 現 代 国 語 』に 収 録 されて

からではないでしょうか?(現在は分かりません)


実は、私も高校生のとき授業で習ったクチなんですよ。(2年生か3年生の時)

その時の授業内容は全く覚えていません。 試験にも出なかったと思う。

しかし、このエッセイは非常に面白いと思いました。その頃、安吾といえば

『 桜の森の満開〜 』しか読んでいなかったと記憶しています。


読んで真っ先に思い出したのは、ヘレン・ケラー女史のこと。 (← えっ?)

あふれ出る水を手に受けて、「モノ」には全て「名前」があると知った、サリバン先生

との有名なシーンを思い出したのです。



名前の無いモノに、名前をつけていく事が人間の進歩か・・・と感心した事を

よく覚えています。



さて、このエッセイは ラムネのラムネたる例の ビ ー 玉 ・・・あれを発明したのは誰か?

という疑問からスタートしています。小林秀雄と島木健作が三好達治の家で

鮎を食べながら、会話が ラ ム ネ 玉 の 発 明 者 の事に及んだとき・・・


三好達治は、ラムネはレモネードが転訛したものだと言われているが、そうではない、

ラムネーなる人物が発明したから「ラムネ」だと主張します。

フランスの辞書にも載っているからと。


その話を聞いて プチ・ラルッスを調べても ラムネを発明した「 ラムネー氏 」

なる人物は登場してこない・・・



しかし、ここまではほんのツカミに過ぎません。安吾はラムネの話をしたいの

ではないからね。



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全くもつて 我々の周囲にあるものは、大概、天然自然のまゝにあるものではな

いのだ。 誰かしら、今ある如く置いた人、発明した人が あつたのである。

★━━━━━━━━━━━━【 一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━━★



例として、河豚料理が 挙げられています。何処を食べれば無害で、どの部分に

毒があるか 多くの人々の経験が積み重なって、現在の河豚料理が確立されている事

・・いわば 無名の「ラムネ氏」が数多く存在したに違いないと考察


また毒キノコの例をあげて、キノコ採りの名人が 自分の採取したキノコにあた

って往生をとげてしまったエピソードを語りながら、自分のように 毒を恐れて

食べない 人間の中からは「ラムネ氏」は生まれてはこないと断言
します。



そう、「ラムネ氏」は、新 し い 事 へ の 挑 戦 者 の 象 徴・・・なのかな?



また、キリシタン渡来の際に、キリスト教の「 愛 」という言葉の日本語訳に難儀した挙句、

「御大切に」と日本語訳した点などに触れて、それまでの 日本に「 愛 」という

概念が、不義密通であり 邪まなものであり、即ち 死に直結する行為であったから、

という点に触れて・・・


★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★

愛に 邪悪しかなかつた時代に 人間の文学がなかつたのは当然だ。

勧善懲悪といふ公式から 人間が現れてくる筈がない。然し、さういふ時代にも、

ともかく人間の立場から 不 当 な 公 式 に 反 抗 を 試 み た 文 学 はあつたが、それは

戯 作 者 といふ名でよばれた。

戯作者のすべてが そのやうな人ではないが、小数の戯作者に そのやうな人もあつた。

いはゞ、戯 作 者 も 亦 、一 人 の ラ ム ネ 氏 ではあつたのだ。

★━━━━━━━━━━━━【 一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━★


そうして、「 結果の大小は 問題でない。」とし、「フグに徹し ラムネに徹する 者のみが」

物 の あ り か た を 変 へ て き た 。」と結んでいます。

高校生の時には、この部分が はっきり読み取れなかったかな?



どんな他愛もないような事であっても、己 の 人 生 を 賭 け て 挑 戦 す る 姿 勢 ・・・



さて、この原稿が発表された 昭 和 1 6 年 は、どんな年でしたでしょうか?

大陸での戦争は 泥沼状態、緊迫した戦時体制、そして12月には太平洋戦争に突入・・・


そんな時代に、安吾の文士としての誇りをかけての一文であったと思う。

安吾ならではの ダ ン デ ィ ズ ム の 発 露 であったのではないか、と思うのです。


・・・改めて読み直して、そんな事を考えました。

新しい「ラムネ氏」の生まれてこない社会は・・・・怖いよ。


さてと・・・今日はこれでお終いです。またね。



posted by cat-of-many-tales at 00:00| Comment(2) | 日本のエッセイ&ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
この記事へのコメント
とても魅力的な記事でした。
また遊びに来ます!!
Posted by 履歴書のアパレル at 2013年09月07日 14:16
>履歴書のアパレルさまへ

お読みくださってありがとうございます。
日付を溯って書いていますし、更新も最近は時間を空けがち
ですが・・・
なんとか続けていこうと思っています。

ありがとうございました。
Posted by at 2013年09月07日 18:40
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