2013年05月22日

『 愛 に 乱 暴 』 ( by 吉田 修一)を 「 夫婦の日 」に読む


こんにちは、また来て下さってありがとう。毎月の22日は「夫婦の日」です。

それでは、一番最近に読んだこの本にしましょう!


はい 今日の 読書は 『 愛 に 乱 暴 』 by 吉田 修一


    愛に乱暴

    著者:吉田修一

    出版社:新潮社

    サイズ:単行本 342ページ  


著者の 吉 田 修 一 氏 については3月21日にアクションスパイ物の『太 陽 は 動 か な い 』

を取り上げましたが、今回はいかにも吉田氏らしい作品です。ファンなら満足するはず?

私は、今回の作品は 人と人との「 つ な が り 」を希求した女性の せつない物語として読みました。


明るく愛の賛歌を謳い上げるのではなく、じくじくと湿気を帯びた生活感溢れる

吉田氏らしい作品
として・・・しかし、作品ごとにバージョンアップしていく氏の

力量は凄いよね。


ところで、この作品単行本の にはこう書かれていました。


★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★

これは私の、私たちの愛のはずだった───

本当に騙したのは、妻か?夫か?  やがて、読者も騙される  狂乱の純愛

夫の不実を疑い、姑の視線に耐えられなくなった時、桃子は不可解な衝動に突か

れて×××××を手に取った・・・・・・。

★━━━━━━━━━━━━━【一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━━★

うーむ・・・。こういう単行本の帯や 文庫本の裏表紙に書かれた粗筋紹介の文章は 編集

サイドの人間が書くのですが、的確に書けているのは極めて稀なんですけどね・・・

帯の別の所に「主人公・桃子は、あの<ボヴァリー夫人>のように愚かで、健気

で、孤独で美しい」という記述がありましたが・・・


主人公は、美しさはともかくとして ( だって、容姿の描写は無かったし、別の意味での

美しさといっても・・・)

愚かで健気で孤独ではある事は間違いないのですが、さらに付け加えれば「簡単に

人を信じてしまう」「人の言葉をありのまま受け取ってしまう」 「 人 の 言 葉 の 裏 に あ る も の を

考 え な い 」
というお人好しでもあるなあ。それも 愚 か というのでしょうが・・・

しかし、基本的には善人です。


<ボヴァリー夫人>をお読みになった方が 期待して読んでも がっかりするので御注意下さいね。

全く何の予備知識もなく、この帯の文句を読んだら 殺人事件で幕を閉じるミステリ

かと思ったりして・・・ 私は ××××× はもしかして凶器か?と思って読んだ程ですw


「愛に乱暴」というタイトルもインパクトがありますが、決して暴力的な小説ではありません。

残酷な描写は一切無いので御安心ください。 犯人探しのミステリでもありません。

扱うテーマは通俗的というか 普 遍 的 なものなので読みやすいですね。


ただ、帯に 「 読 者 も 騙 さ れ る 」 とあるように、この作品にはちょっとした 仕 掛 け

が施されています。ごく単純に、不倫相手に 夫を奪われた女の物語ともいえるのですが、

そのプロセスが非常に凝って計算されているのですよ



殆どの方は、途中で気がつくと思いますが、気がついた時点で あれ?と思い

最初からもう一度読み直したりして・・・。



この物語は 二 人 の 女 の 物 語 と し て ス タ ー ト します。


1:女 性 X の日記風ひとり言( 名前が明かされていません。また日付も不明 )

つらい不倫の恋をしています。葉 月という親友に相談もしたり・・・この親友は

不倫の恋には反対のようですね。

彼女の不倫の恋のお相手の男性は 初 瀬 さ ん といいます・・・・・


2:ヒロイン・初 瀬 桃 子 の三人称で語られる物語 & 桃子のひとり言

物語は、この桃子を中心にして進められていきます


結婚して8年目のミセスです。住んでいるのは東京近郊、夫の実家の敷地に建て

られた古い平屋・・・母屋には夫の両親が住んでいます。二人の間には 子 ど も は

い な い
ようです。義父母との関係はまあまあ安定していて、決して悪くはありません。

桃子の方もそれなりに気を遣っている様子が読者には分かります。

週に一度、前に勤務していた会社との関係から「手作り石鹸講座」の講師を務めています。



夫の名前は 初 瀬 真 守 、母親からはいまだに「マーくん」と呼ばれていますが、

夫婦仲は可もなく不可もなく。

ごく日常的な生活の様子が こまごまと語られて物語は進行して行きます。

ゴミ出しのこと、近所に新しく建ったアパートに住む若い男性、時々エサを貰いに

来る野良猫・・・登場人物のそれぞれの努力によって 家族関係が成立していることを

読者に知らせる為の描写が続きます。



また、最後まで読んで思ったことは、脇役ではあっても重要な意味を持つ登場人物がかなり早い

時期に既に登場している事に、吉田氏の上手さを感じました。



一見、平和な家庭・・・しかし、このまま穏やかには終わりません。

夫の出張を機に、どうやら浮気をしているのでは?と桃子は気づき始めます。



桃子中心の物語の 随所に挟まれている、名前の分からない女性X は夫の浮気相手なのか?

と思いながら読者は読み進めるでしょう。



しかも、単なる浮気にしてはちょっと深入りしていそうな・・・?

一緒に旅行に行ったりもして盛り上っているのですが、この女性X は、初 瀬 の 妻 を

心 の 中 で 非 難
しています。愛の無くなった結婚生活にしがみついているのは

おかしいんじゃない? 彼が愛しているのは 私の方なのに!・・・と。



義父・宗一郎が脳梗塞で倒れ 入院してから物語はピッチをあげます。

家の固定電話にかかってきた一本の無言電話。相手は何も言わないけれど、受話器の

向こうからはテレビの音と、聞き覚えのある男性の声が・・・

その夜に、夫から切り出されたのは「悪かった、ちゃんとするから・・・」


はて、何をどう「ちゃんと」する気なのでしょうね? 相手の女性と別れるつも

り? それとも桃子と別れるつもり?

この辺りで読者は夫の真守に対してイラッとするかな? のらりくらりと時間を

稼いで、相手の女性とも妻とも何とか上手くやっていくつもりなのか?とも思うでしょうね。

真守のキャラクタが上手く表現されています。



しかし、ここで決定的な事実が明らかになります。相手の女性Xがどうやら 妊 娠

したようで・・・真守は桃子に相手の女性に会って欲しいと伝えるのですが・・

この頃から 桃 子 は 精 神 的 に 追 い 詰 め ら れ て 行 き ま す



義父の親戚の女性から聞いた意外な事実・・・自分たちの済んでいる平屋は、かって

義祖父の愛人の女性が住んでいた事・・・さらに驚いたのは、義父はその愛人・時枝

が産んだ児である事・・・正妻さんに子どもが出来なかったので 引き取られて

育ったようですね。


もちろん、これは過去の話であり 今の桃子には何の関係も無いことです。

義祖父母も愛人・時枝も既に故人ですから。

しかし、この話は 桃 子 の 心 に 微 妙 に 影 響 し始めます。義母の不在時にこっそり母屋に

忍び込んでアルバムを調べ時枝の写真を探したり・・・さらに気になったのは

自分たちが住んでいる平屋の、普段使用していない六畳間のこと・・・疊の向きが

気になった桃子は、最後には疊を上げて床下までが気になってしまうのですが・・・



不倫相手の 女性Xの妊娠が 決定付けられたと同時に、真守の心も決まります

都内のレストランで夫と愛人の女性と会った桃子。桃子に対して頭を下げる二人。

しかし、桃子は納得できません。 

その夜から夫・真守は家に帰らず愛人の所に行ったまま。

もちろん、義母には本当のことを話せずに出張だと言いつくろったのですが・・・



さてさて、この 三 角 関 係 の 構 図 がどのように展開していくか想像がつきますか?

一番最後の結末を敢えて言ってしまいますが、桃子は一人になってしまいます。

多分、やり直す事になるのでしょうね、自分だけの人生を・・・。

しかし、希望はあります。ただ、その希望は真守と過ごす人生ではありません


この物語の面白さは、周到に計算された ギ ミ ッ ク にあります。

いわば、ミ ス テ リ 的 な 仕 掛 け といえば良いのでしょうね。カンの良い方なら未読

であっても気がつくかな?  しかし、別に気がつかなくとも良いわけでして。

物 語 の 第 1 3 章 (212ページ)になれば、分かる事だしねww


私もストーリーを追いながら読んでいて、漠然と引っかかるものは感じていましたが、

この212ページの「 ● ● の 日 記 」を見て、「そう来たか!」と納得しました。


この手法により、桃子の狂気じみた焦りや苦しみがストレートに( 且つ、じわじわと )

効果的に 読者の心に伝わった事でしょう。


愛情があって愛し合って結婚した夫婦・・・

納得しながらも「 騙 さ れ た 」と感じていた夫。

騙すつもりもなく、申し訳ないと思いながらも「 許 さ れ た 」と思っていた妻。


その結果がどうなったか、一つの形を見る思いでした。あなたはどう読むかしら?

さてさて、それでは今日はこの辺で・・・またね。



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2013年05月19日

『 楢山節考 』(by 深沢七郎)を「今村昌平監督カンヌ・グランプリを受賞」の日に読む


こんにちは、また来て下さってありがとう。 5月19日は (少々長いけど)


今村昌平監督が『楢山節考』で カンヌ映画祭グランプリを(正確には・パルムドール)

受賞した日になります。 それでは原作に敬意を表して・・・・・


はい 今日の 読書は 『 楢 山 節 考 』 by 深沢七郎


    楢山節考

    著者:深沢七郎

    出版社:新潮社

    サイズ:文庫 217ページ  


著者は深沢七郎(1914〜1987)山梨県石和町(現在は笛吹市)生まれ。中学時代

にギターを学び、卒業後は職を転々として日劇ミュージックホールにギター奏者

として出演。昭和31年『楢山節考』でデビュー。


雑誌「中央公論」新人賞に応募して受賞したものですが、その時の選考委員が

三島由紀夫・伊東整・武田泰淳という、ため息の出るような錚々たる作家陣・・・

辛口の批評家であった正宗白鳥をして「 人 生 永 遠 の 書 」と言わしめました。


しかし、その後 中央公論に発表した『 風 流 夢 譚 』では皇室を侮辱したという事

で発行元の社長宅が右翼に襲撃され、死者まで出す事件に発展してしまいました。

この「風流夢譚事件」以降は、しばらく休筆して放浪生活・・・。


『風流夢譚』は資料として私も読みましたが、拍子抜けする程 軽い作品であり、

『楢山節考』の完成度には遠く及ばず・・・三島由紀夫の強力なプッシュで掲載

されたそうですが、思想的&政治的な覚悟は何も感じられません。

作品としては・・・うーん、 評 価 の 対 象 外 でした。


その後、「 川端康成賞 」の辞退も含め、埼玉県の自分の畑に「ラブミー牧場」と

名前をつけたり、ユニークな行動でも注目を集めた方です w



作品としては他に、戦国時代の甲州の農民を描いた『 笛 吹 川 』 『 東 京 の プ リ ン ス た ち 』

『 東 北 の 神 武(ずんむ)た ち 』 『 みちのくの 人形たち 』など

他の追随を許さない作風でした。




さて、『楢山節考』です。ストーリィーはよく知られていると思いますが

“ 姥 捨 て 伝 説 ” を元にして描かれた作品です。



時代は近世 おそらくは江戸時代後期で、天保時代以降。

信州の 峻厳な山ふところの小さな貧しい村です。名前さえも付いていない村。

冬には大雪が降り 土地は痩せて収穫も豊かとはいえません。

白いご飯は「白萩様」と呼ばれ、食べられるのは年に一度の楢山祭りの時だけ。

・・・そんな寒村です。


村周辺の人々にはひとつの信仰があります。それは「 お 山 」信仰。


「お山」には神さまがいると信じられています。

山や河川などの自然信仰は 別に珍しくは無いのですが、この村では「お山に行く」

という言葉があります。

薪拾いや炭焼き、その他仕事で単に山に行くのではなく「 楢 山 さ ま の 所 に 行 く

それは「 死 」を意味しています


70歳以上になれば、ひとり家を離れて 奥深い「お山」に入っていかねばなりません。

食料も持たず 高齢者が一人で寒い山に・・・即ち、座して「死」を待つこと。



貧しい寒村では、大勢の人を養う事はできません。収穫量に限りがあるので

適正な人口を保つ為にも、老いて生産性の無くなった人間はもう必要とされない

のですから。

楢山節考2.jpg

( 画像引用:今村昌平『 楢山節考 』DVD  お山での別れのシーン )


お り ん は69歳。一人息子と孫が4人います。御亭主は20年前に死去、息子の嫁は

去年谷底に落ちて死亡してしまったので、ずっと後妻を探していましたが、運よく

隣村から後家になったばかりの 玉 や ん が来てくれてホットしました。


お山に入る準備はもう整えてあります。 山に入る前の晩、儀式で村の衆に呑ま

せるドブロクも 山で自分が座る真新しいムシロも・・・



ただ、気がかりなのは自分の丈夫な のこと・・・年寄りなのに歯が丈夫で 抜けずに

揃っている事は、村では嘲笑の的になります。 役立たずの癖に 如何にも強欲で

大飯食らいに見えるからでしょうか?


自分の歯の数が 替え歌で歌われるのを耳にする度に おりんは胸を痛めます。そうして

何をするかというと・・・毎日、火打ち石で歯を砕こうとします。( 痛そう・・)

思いっきり石臼に 前歯を打ち当てて、口を血だらけにして何とか2本だけ抜いて

しまったのは、玉やんが来てくれてから。


現代の私たちに理解しがたいのが、この件でしょうね。 丈夫な歯が揃っていて

恥ずかしいなんて!

・・・貧しい時代にはね、必要以上の長生きは「 なんですよ。



また、村で最も重い罪とされるのは 食料を盗むこと。豆の入ったカマスを盗もうとした

雨屋の家族は、他の余罪もばれてしまい重い制裁を受けます。

具体的には記しませんが、一家12人が なぜか(?) 村から居なくなってしまったとか・・・





■□─━─━─━─━─━─━□■

かやの木ぎんやん ひきずり女
せがれ孫から ねずみっ子抱いた

■□─━─━─━─━─━─━□■【一部抜粋 】


「ねずみっ子」はひこ孫のこと。ねずみのように沢山子どもを産むという事で

食料不足が恒常化している村では、これも嘲笑の的・・・
   


■□─━─━─━─━─━─━□■

塩屋のおとりさん運がよい
山へ行く日にゃ雪が降る

■□─━─━─━─━─━─━□■【一部抜粋 】


雪が降るのが何で運がよい?と思うでしょう? 昔初めて読んだときには、

雪が降って山に行けなくなる(死期が延びる)からか?と思ったくらいです。

もちろん、そうではなくて山に「着いてから」雪が降るのが運がよい・・・

途中で降られては道中が難儀するし、行く前に大雪が降り積もると行けなくなっ

てしまい、これも恥・・・



丁度、いいタイミングで着いてから雪が降り出すのが良い、のでしょう。

上手く(!)凍死できれば 苦しまずに早く死ねるから、という意味でしょうか?



もちろん、おりんのように覚悟を決めている人だけではありません。

物語中には「死にたくない!」と必死に抵抗する又やんのような老人もいます。

結局は、息子に繩で縛り上げられて「お山」の頂上の手前にある七谷から突き落

とされてしまうのですけれど・・



おりんの息子の 辰 平 は そこまで割り切れず釈然とした思いを抱き続けています。

けれども、孫の けさ吉 が、嫁として同じ村の娘を連れて来てしまい、来年には赤ん坊が

産まれるとなっては、切迫する食糧事情は如何ともし難く おりんの楢山まいりを

受け入れざるを得ませんでした。



この作品では、辰 平 の 母 を 思 う 気 持 ち が終始一貫してバックミュージックのように

流れています。 老母への愛情 VS 村の掟と食糧事情 の狭間で彼が苦しんでい

るのが読者には伝わりますから・・・



さて、儀式も無事に済ませた早朝に、おりんは息子の背負っている背板に乗せられて

二人で楢山さまに向かいます。

山頂に近づくにつれ、空を舞うカラスの数が不吉なほどに増え、足元には

ミイラ化したような死体や白骨が点々と・・・

楢山節考木下.jpg

( 画像引用:木下恵介監督『 楢山節考 』1958年作品 http://www.youtube.com/watch?v=8JBQtm5sAoM

もしも未読の方が、ここまでの概略を読んで思うのはどんな事でしょうか?

なんて陰惨な物語!と感じるでしょうか? 悪しき封建時代の遺物のような物語

と感じるでしょうか?


しかし、実際にこの作品を読んでみると 暗 さ が 全 く 無 い 事に気づくと思います。

少なくとも、おりんは自分の事を可哀想だとは思っていないし、「お山」に行く事を

むしろポジティブに捉えている。



この作品は、発表当時から物議をかもし、アンチ・ヒューマニズムの権化のよう

に言われたりもしました。

ヒューマニズム? いや、そういうレベルで語るべき物語ではありません


確かに、封建的で陰惨、救いようの無い 前近代的な因習と非難するのは容易いけれどもね。

日本が 近代国家になってからは こうした因習に満ちた行為を止めさせる事に成功しました。


それは喜ばしい事なのですが・・・それよりも・・・

現代の私たちは・・・還るべき「お山」を持っているでしょうか?


それとも「お山」は私たちの すぐ傍らに 聳え立っているのに見えないだけなのでしょうか?

あなたは、どう思うかしら? 答えられる人はいるのでしょうか?


だからこそ、永遠の課題として時代を超えて読み継がれるべき作品なのかもしれません。


今日はちょっと重苦しい話でしたね、ごめんなさい。

それでは、またね。



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2013年05月15日

 『 手のひらの砂漠 』 ( by 唯川 恵 ) を   「 国際家族デー 」に 読む


こんにちは、今日も来て下さってありがとう。


5月15日は「国際家族デー」です。 1993年(平成5年)国連総会で制定されました。

家族の日? それならば 明るくてファミリアルな物語を・・・と思ったのですが

丁度いま 読み終えた作品がありまして・・家族の物語ではあっても、扱うテーマ

ドメスティック・バイオレンス( D V )&ストーカーではありますが・・・



はい 今日の 読書は 『 手のひらの 砂漠 』 by 唯川 恵


    手のひらの砂漠

    著者:唯川 恵

    出版社:集英社

    サイズ:単行本 339ページ



最初にお断りしておきます。

もしも・・・あなたがDV被害に遭ったことがあり、まだ心が回復していないの

ならば、この作品は読まない方が良いかもしれません。受けた暴力や心の痛みが

生々しくフラッシュバックすると いけないから・・・ましてや、この作品の ラ ス ト を考えると、ね。



家庭に於ける暴力シーンは、いわゆるアクション物やクライムノベルの暴力シー

ンとは意味が全く違います。アクション小説の暴力シーンは、様式美みたいな

「お約束」なので、現実味の無い“作り物”として受け止められるからね。


けれども・・・家庭の中での、しかも 夫から妻への一方的な暴力というのは・・・

本来、安住・安楽の象徴のはずの“ 家庭・家族 ”からの暴力は受け止め方が全く

違いますからね・・・一応は御注意を。



さて、著者の唯川 恵氏は、あなたもよく御存知の人気作家。1984年少女小説の

コバルト・ノベル大賞を受賞、2001年『 肩ごしの恋人 』で直木賞、2008年には『 愛に似たもの 』

で 柴田錬三郎賞をそれぞれ受賞。 人気・実力ともに有る方ですね。



私は この方の初期作品は余り好みではなく、まともに読み始めたのは『 セシルのもくろみ 』

以降でしょうか。ミセス向けの読者モデルの世界がテーマになっており、

綺麗事ではないけれど 読後感も潔いものがありました。


その後の『 ティティスの逆鱗 』 は美容整形をテーマにした、凄みのある、完成さ

れた作品でしたね。 ラストは完全にホラーでしたが ww

単なる恋愛小説から突き抜けた感があるというか、作家としてバージョンアップ

したなと感じたものです。




さて、本作『手のひらの砂漠』ですが・・・このタイトルは象徴的ですね。

手のひらの意味するものは何でしょう? 家庭? 穏やかな生活? それとも?


これまでの唯川氏の作品とは かなり異なる作風ではありますが、私はこの作品を

高く評価したいと思います。 新 刊 で は 、今 年 度 上 半 期 の ベ ス ト 1 ですね。

恋愛小説を期待したファンの方は驚かれるかもしれませんが・・・




この物語は、主人公が夫と住んでいるマンションの一室から脱出するシーンから始まります。

えっ? “ 脱 出 ”って?  不思議に思われましたか。

誘拐されて閉じ込められたわけでもない、自分の家から“ 脱出 ”?


■ 第一章 ■ シェルター


ヒロイン・可穂子は29歳。大学卒業後、派遣で働いている会社で知り合った

永尾雄二と結婚して1年余り・・・真面目で穏健で誠実な雄二からのプロポーズを

受けて、新婚3ヶ月位までは穏やかに過ごしました。


けれども、少しずつ雄二からの 常 軌 を 逸 し た 束 縛 が始まります。

実家の母や 友人と携帯で話しても嫌がるようになり、物を投げつけるようになり

ささいな事で「僕を馬鹿にするのか!」と怒り出し殴る蹴るの暴力が・・・我に

返ると悪かったと言って泣いてあやまるのですが・・・


しかし、 暴 力 は エ ス カ レ ー ト 、ついに流産してしまった可穂子。

それでも、夫の暴力は止まず、だんだん 可 穂 子 の 気 持 ち も マ ヒ す る よ う に なります。

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悪いのは私だ、夫を苛立たせないように努力が足りないから。 彼が私を殴るのは

愛しているからだ、 雄二には私しかいないのだから・・・

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はい、これが D V 被 害 者 の 特 徴 なんですよ。 自 分 を 責 め て し ま う のよ!


結婚に失敗したと思いたくない可穂子は、自分にそう言い聞かせるようになり、

どんなにひどい目に会っても 夫のせいとは誰にもいません



しかし・・・殺されるのではないかと思われるような暴力を受けたとき、可穂子は

身一つで 深夜 近所の交番に駆け込みます・・・そうして入院。


治療を受けた病院から紹介されたのは、配偶者から暴力を受けた女性が 一時身を

寄せる事のできる「シェルター」でした。


離婚を決意しても、夫は自分の暴力を認めず、可穂子の自傷である、もう一度やり

直したいと主張、逆に可穂子を殺そうとまでします。


シェルターの責任者・国子から弁護士の伏見玲子を紹介され離婚の手続きに入る

可穂子・・・

その後、可穂子はシェルターを出て次の段階の「長期自立支援施設」である

ステップハウス」に移りました。



雄二は 協議離婚に応じようとはせず、可穂子の写真・名前・実家の住所や 電話番号を

ネットのアダルトサイトに投稿する嫌がらせまで始めます。


玲子の尽力で離婚が成立したのは、雄二には かって交際していた女性に暴力をふ

るい書類送検されていた事実
が分かったからです。



何とかお金を稼ぐ方法をと考えてパートの面接に行っても、男性のちょっとした

声にすら恐怖感が沸き起こるようになっているので 到底外で働くことはできませんでした。



そんな可穂子が辛うじて安住の地を得たと思ったのは、ステップハウスに

無農薬の有機野菜を配達している「えるあみファーム」という 小 さ な 農 園 でした。

配達に来る真美に誘われて 初めて遊びに行き、歓待されてその後も手伝いに行く

内に 受け入られるようになり、住み込んで働く事を決意します。



■ 第二章 ■ ファーム


「えるあみファーム」は、リーダー格の浅井裕子(祐ママ)を始めとする6人の

女性たちの運営する 独立採算制の小さな農園です。


この農園の女性たちは皆、過去に可穂子と同じような経験をしていました

娘をストーカー男にガソリンで焼き殺された 祐ママを始めとして、夫 か ら の 暴 力

父 親 か ら の 暴 力 から逃れて、この小さなファームで身を寄せ合って生きているのです。



農作業を頑張る可穂子。その内にファームにもメンバーの変動がありました。

実家に戻ったり、20歳になったのを潮時に 独立して他で住み込みで働くことになったり・・・

そうして、突然助けてくれと言って飛び込んできた由樹・・・


しかし恋人の暴力から逃れてきたという由樹は 素行にいろいろと問題があり

ファームの和を乱すことが多く、祐ママから出て行ってくれと告げられると

開き直って祐ママの過去を暴きたてます


かって、娘を殺した男が出所してから 更新した免許証が祐ママの荷物にあったことを楯にして・・・

その結果、祐ママは警察に自首をすることに・・・



■ 第三章 ■ ベーカリー


それから2年後。

可穂子は千葉のベーカリーに勤めながら パ ン を 焼 く 修 行 を始めます。

アレルギー対策の米粉のパンを提案し、充実した日々を過ごしていました。


そうして、バツイチ・男手ひとつで娘の杏奈を育てている伊原との出会い・・・

それは可穂子にとって希望ともいえる出会いでした。過去のことも全て話し理解

してくれた伊原と結婚を決めます。


・・・これで、めでたし、めでたし・・・とはなりませんでした(涙)



客として目の前に現れたのは、別 れ た は ず の 雄 二 でした。

自分が悪かった、許してくれと立ち去って行く雄二に不安は覚えたものの・・・



伊原とは、入籍は後にして 一緒に住み始めたのですが、アレルギーのある杏奈が 

貰ったラスクを食べて アナフラシキーショックで病院に運ばれる事件が起きます。

「ママと仲の良いお友だちがくれた」と言う杏奈・・・



疑いながらも、信じたい気持ちもあり、弁護士の玲子に相談をします。

以前、雄二が暴力を振るったという女性に、その後もつきまとってはいないか

確認をしてもらいたかったからですが、結果は驚くべきものでした。



その女性は行方不明のままになっていたからです。 家族から捜索願が出されて

15年間、行方不明のまま・・・両親は雄二を疑って警察にも相談しましたが何の

証拠も無いので手出しも出来ず。



・・・これは、何を意味するのでしょうね?



★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★

可穂子はあの目を思い出す。人間のものではない、動物でもない、生き物ですら

ない、むしろ冴え冴えと澄み切ったようにさえ見える目。

雄二は何も変わっていない。昔のままだ。そして何も終わってはいないことを、

今、可穂子ははっきりと理解する。

★━━━━━━━━━━━━━【一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━━★


自分が伊原や杏奈と一緒にいる限り、雄二は何をしでかすか分からない・・・

可穂子は、いったんは掴みかけた幸福を手放さざるを得ませんでした。

モノになりかけた仕事も辞めて、可穂子が次に逃げ出す所といえば・・・



■ 第四章 ■ ホーム


可穂子が身を寄せたのは、元「えるあみファーム」のメンバーと仮出所できた

祐ママたちが農園を運営している群馬県下仁田の小さな村です。


ここで可穂子は身につけたパン焼き技術を活かして、石窯焼きの米粉パンを造り

ドライブインに卸して稼ぐ事も始めました。束の間の平和・・・


別れた伊原は一度だけ会いましたが、やはり雄二からの悪質な嫌がらせがあり、

勤めを辞めて実家に戻る事にしたとの事・・・。



どこまでも執念深い雄二に又見つかったら・・という思いから 可穂子は 偶然知り合った

老婦人から護身術としての 合 気 道 を習い始めたりもします。



そうして、ついに・・・・・ドライブインのオーナーが宣伝のためにHPに載せてくれた

可穂子の 写真や名前から 居場所を探し出されてしまったのです。



笑いながら「 僕 た ち の 家 に 一 緒 に 帰 ろ う 」という雄二の不気味さは

言うまでもありませんが、ここで可穂子は 決 意 をします。


★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★

いつかこの日が来るのは覚悟していました。 たとえ今逃げたとしても、あの人は

また必ず追ってくる。 その繰り返しになるだけです。

★━━━━━━━━━━━━━【一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━━★


その通り・・・雄二の異常さはもう充分に分かっているはずですから、例え警察に

訴え出ても、現状事件ではないし、接見禁止命令に違反したところで微罪でまた

戻ってこられるのだから・・・



そうして、再び 逃げ出したマンションに戻り雄二と一緒に暮らし始めた可穂子。

部屋は何もかも昔のままにしてあり、それが異常さを より際立たせています

可穂子はソファで寝ながら、雄二の様子を伺いますが、しばらくの間は無事でした。



考えた挙句、自分に何かあった場合の事を考えて、両 親 宛 の 詫 び の 手 紙 を弁護士の

玲子に託します。 両親が、この手紙を受け取る時は、自分は既に雄二に殺され

ているだろうと考えて
・・・



そうして一週間後・・・カップを割ったことがきっかけで雄二の怒りが爆発します。

「 殺してやる! 」と叫び アイアンを持って可穂子に襲い掛かる雄二。



そうして、可穂子は・・・・・まあ、これ以上は書かない方が良いでしょうね。



可 穂 子 の 取 っ た 手 段 が、良いのか悪いのか、私には判断がつかないから・・・

しかし、もしも私が可穂子であったならば・・・可穂子と同じ事をしていたかもしれません



最終的には、正当防衛が認められて 可穂子は自由の身になる事ができました。

もうその頃には、伊原は前妻とよりが戻って仲良く親子で暮らし始めていたので

可穂子は一人で、再び、群馬・下仁田のホームに戻るところで 物語は終わります。



ひょっとしたら・・・可穂子の取った方法は 間違っているのかもしれません。

けれども、無責任な評論家のように 彼 女 を 断 罪 す る 気 持 ち は 全 く あ り ま せ ん



最後に・・・可穂子の言葉を 載せて 今日は終わりにしましょうね。 長かった?

★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★

確かに、どんな人間でも命の重さは同じ、生きている価値が必ずあるのかもしれない。

でも、そんなことを言えるのは、死ぬほどの恐怖を味わったことがない人間だからよ

★━━━━━━━━━━━━━【一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━━★


ああ、今日は随分長くなってしまいましたね。 それでは、またね・・・・。




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