2013年05月11日

「 朔太郎忌 」に 読む 『 月に吠える 』   by  萩原 朔太郎


こんにちは、今日も来て下さってありがとう。

5月11日は 詩人の萩原朔太郎の忌日になります。


真っ先に思い出す詩集といえば・・・こちらでしょうか↓


    月に吠える 詩集( 愛蔵版詩集シリーズ )

    著者:萩原 朔太郎

    出版社: 日本図書センター

    サイズ: 単行本 286ページ



その他、各社の文庫で萩原朔太郎の詩を読む事ができますが、抜粋版が多いようですね。

完全版の『 月に吠える 』と『 青 猫 』が収録されているのはこちらかな↓


    月に吠える 

    著者:萩原 朔太郎

    出版社:Sdp

    サイズ:文庫 219ページ




萩原朔太郎(1886〜1942)大正から昭和にかけての詩人。「 日 本 近 代 詩 の 父 」

称されています。 群馬県前橋市生まれで、前橋市の “ 萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館 ”

には 朔太郎の常設展示室 が設けられ、自筆原稿や愛蔵品・書簡等が紹介されています。


父親は開業医であり、長男で朔日(ついたち)生まれなので 朔太郎と命名されました。

誕生日は11月1日、没した日は11日・・・偶然でしょうけれど。


孤独を好み、病弱で 神経質な子ども時代 を経て、はじめは与謝野晶子や啄木の影響下で

短歌を作り、後に詩作に転じました。


『 月に吠える 』は彼の第一詩集です。


1917年(大正6年)に刊行され、詩壇にセンセーショナルな衝撃を与えました。

近代知識人の 孤 独 や 不 安 を鋭い感覚で、見事に形にした作品でしたから・・・


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詩は 神秘でも象徴でも何でもない。

詩はただ 病める魂の所有者と 孤独者との寂しい慰めである

★━━━━━━━━━━━━━【一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━━★


病 め る 魂 」と「 孤 独 」・・・萩原朔太郎の詩の重要なキーワードでしょうね。



初めてこの詩集に触れたのは 中学生時代だったかしら、父親の蔵書にこの一冊が

ありましたので。それまで、知っていたのは名前だけでしたが、一読後の第一印象が

芥 川 龍 之 介 に似ているなあ・・・ 」でした。



その頃、芥川作品は主要なものは読んでいたので、特に『 侏 儒 の 言 葉 』『 歯 車 』

と共通するものを感じたのです。



しかし、父親は 私が萩原朔太郎の詩を読むのは嫌がりました。 芥川の作品は

むしろ推奨していたのにね。理由を聞くと返って来た答が「不健康だから」・・・・・



確かに 健康的で向日的とはいい難い 作品が殆どなんでしょうが。


もちろん、健康・不健康と言っても、それは肉体的・身体的なものだけを指すの

ではない事はすぐ分かりました。


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「 地面の底の病気の顔 」


地面の底に顔があらわれ

さみしい病人の顔があらわれ

地面の底のくらやみに

★━━━━━━━━━━━━━【一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━━★


「 竹とその哀傷 」で冒頭に掲載された 「 地 面 の 底 の 病 気 の 顔 」です。

句読点( 。)と( 、)の使い方が絶妙 ですね。


この『月に吠える』では 「 竹 」という作品が最も有名で

教科書にも取り上げられているそうですが


「 光る地面に竹が生え、青竹が生え、」と始まり「 青空のもとに竹が生え、竹、竹、

竹が生え。」で終わる詩のことです。



私が最も好んだのは・・・・・この詩でした。あなたも御存知ではないかしら?


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「 猫 」

まつくろけの猫が二疋、

 
なやましいよるの家根のうへで、

 
ぴんとたてた尻尾のさきから、

      、、、、、     
絲のやうなみかづきがかすんでゐる。

 
『おわあ、こんばんは』

 
『おわあ、こんばんは』

 
『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』

 
『おわああ、ここの家の主人は病氣です』


★━━━━━━━━━━━━━【一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━━★


発情期の猫( 俳句では“恋猫”という季語にもなっています )を歌った作品です。


読んでいて、途中までは「ああ、確かに猫ってこんな風な声を出すよねー」と、

面白いと思っていても、最後の一行で読者はストーンと陥されます


脈絡なく、突然「 ここの家の主人は病気です 」って・・・朔太郎自身の事かもしれませんが、

まるで何かの予言のようで、しばらくは 猫の叫び声が怖くなったほどでした。




また、この詩も人口に膾炙していますよね。“北原白秋氏に捧ぐ”と献辞の付され

『 純 情 小 曲 集 』に収められた 「 旅 上 」・・・


「 ふらんすへ行きたしと思へど  ふらんすはあまりに遠し 」と始まる詩。


この最初の2行が完全に一人歩きしてしまいましたが、まるでハイネか 三好達治

を思わせるような 美しい詩です。



決して難しい言葉は使用せず、それでいてドキリとするような、鈍く光る刃物の

ような言葉が迫ってくる作品群── 心 の 底 の 孤 独 感 ・ 不 安 ・ 焦 燥 感 ──は、

現代の 私たちにとっても色あせるものではありません。


むしろ・・・時とともに鮮烈になるような・・・


朔太郎の詩作は 青空文庫で公開されていますので、興味のある方は御一読を、ね。

http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person67.html (青空文庫作家別作品リスト:NO.67)



さて、詩人としてはともかく、家 庭 人 と し て の 萩 原 朔 太 郎 ですが・・・

「良き夫」とはいえなかったでしょうね、控えめにいっても。



こういう鋭すぎるほど鋭い感性を備えた男性を夫にするのは、妻としても相当の

覚悟が必要かもしれませんが、それだけではなく 朔太郎の母親や姉も相当問題の

あるタイプだったようで
・・・



単純な 嫁姑の確執というレベルではありません。凄まじいよ・・・



2回結婚していますが、朔太郎自身も、妻をかばう事はなく 一貫して無視か

逃げ回るかで、仲良くしようという努力は一切放棄していたみたい。


「近代詩の父」ではあっても、子どもにとってのリアルな父としては?????

長女の 萩 原 葉 子 氏の著作を何冊か読みましたが、機会があればその作品にも触れ

てみたいとは思うのですが・・・。



さて、それでは今日はこの辺でお終いにしましょう。またね・・・。



posted by cat-of-many-tales at 00:00| Comment(0) | 日本・海外の詩 | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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