2013年05月21日

『 星の王子さま 』( by サン・テクジュベリ ) を 「 翼の日 」に読む


こんにちは、今日も来て下さってありがとう。 5月21日は「翼の日」です。

1927年、大西洋を横断したリンドグレーンが 無事にパリに到着した日。

それでは 同じように翼に乗って旅立ち そのまま 永遠に帰って来なかった彼の為に・・・・・


はい 今日の読書は 『 星 の 王 子 さ ま 』 ( by サン・テクジュベリ )


    星の王子さま

    著者:サン=テクジュベリ/河野万里子訳

    出版社:新潮社

    サイズ:文庫 158ページ  


注:上記は新潮文庫ですが 他に中央公論新社・中公文庫・岩波書店・集英社・みすず書房・

講談社他、多数出版されています。 私が所持しているのは岩波書店のもので 翻訳は

内藤濯のものですが、最近では集英社文庫の 池 澤 夏 樹 氏 の 翻 訳 が評判が良いようです。


著者はサン・テクジュベリ、本名はアントワーヌ・マリー・ジャン=バティスト・

ロジェ・ド・サン=テグジュペリ(1900〜1944)リヨン生まれの貴族出身のフランス人作家であり

航空操縦士。名前が余りにも長すぎるので、ここでは皆に親しまれているニックネームの

サ ン テ ッ ク ス ”と呼びましょうね。

ちなみに、サン=テクジュベリは 彼のになります。



子ども時代のサンテックスはかなりの腕白少年。机の前に座ってじっとしているのが

苦手で、学校の成績は余りよくなかったみたい。特に算数が苦手だったようで、

その為、希望していた海軍の学校にはとうとう受からず。


その後は 短期間美術学校に通いましたが・・・絵の才能の方は、残念ながら

認められませんでした。  
 
 

兵役についたのは 20歳のときです。 航空隊に配属され 操縦士の資格を取り 22歳で除隊。

その後、幾つか職業についてもパッとせず、気がついたらフィアンセにも

逃げられていました。


運命が変わったのは ラテコエール社の飛行士に応募して採用されてから

サンテックの仕事はアフリカや南米への航空郵便飛行士、その後、仕事の経験を

生かして書いた『 南 方 郵 便 機 』『 夜 間 飛 行 』 『 人 間 の 土 地 』で作家デビュー。


けれども、それで暮らし向きが良くなったわけではありません。 遅筆だし 相変わらず

人間関係は不器用だし・・・

また、アフリカのリビア砂漠に墜落する事故や、アメリカ大陸横断飛行の離陸に

失敗して大怪我をしたり・・・。



当時の飛行機は 故障が多かったので、数機で変態を組んで飛びのが慣例でした。

ただ幾つかの中継基地は 一人で担当する決まりで サンテックスは その時に砂漠に

住む部族とかなり親しくなったようです。


こうした経験が彼に作品を書かせるエネルギーとなったのでしょう。



『 星の王子さま 』で主人公が初めて王子さまに出会うのも 砂 漠 でしたから。



そして第二次世界大戦、パリがナチスに占領されたときに辛うじて アメリカに亡命・・・


『 星の王子さま 』が書かれたのはこの 亡 命 時 代 でした。
星の王子さま公式HP2.jpg
(画像引用:星の王子さま公式HP http://www.lepetitprince.co.jp/contents.html


しかし、辛うじて亡命できても、フランス人同士の派閥争いや中傷合戦・・・

正直で世渡り下手なサンテックスは傷つき疲れ果てたのでしょう。再び戦場の北アフリカ戦線へ

亡命先で要領よく宣伝活動をしていれば、もっと楽も出来たのに・・・

この時、38歳。 飛 行 機 乗 り と し て は も う 限 界 だったのですが、

やはり使命感もあったのでしょうか?



1944年7月31日。コルシカ島から一人乗りの偵察機で飛び立ったサンテックス。

与えられた任務は 高度1万メートルから敵地を撮影すること。

それがサンテックスの最後でした。 地 中 海 上 空 で 行 方 不 明 の ま ま ・・・


その後、半世紀以上を過ぎて1982年に、複数の撃墜された飛行機の残骸が 引き揚げられ

2000年5月には、その回収物の残骸に(サンテックスの乗った)

ロッキードF-58の記帳番号と同一のものがあり、彼の乗機である事が確認されました。



・・・彼は空から海に還っていったのだと思いましょうね。



私は『星の王子さま』はサンテックスの遺書だと感じています。


ストーリーはいたってシンプル。物語は 飛 行 士 が 思 い 出 を 語 る 形 で 進 行 します。


砂漠に不時着した飛行機のパイロットが、遠い小さな星から来たという

金色の髪をした不思議な少年と出会い 彼とさまざまな話をする、それだけの物語なのですが

・・・そう、ただそれだけの。

星の王子さま公式HP.jpg

(画像引用:星の王子さま公式HPhttp://www.lepetitprince.co.jp/contents.html


「ねえ、ひつじの絵を描いてよ」と頼まれて、有り合わせの紙に 何頭かの羊の絵を

描きますが 彼の気に入らない。やけになって飛行士は、箱の絵を描いて、あんたの

欲しい羊はこの中にいると手渡したら、王子さまは「こんなのがほしかった」と大喜び・・・



そうして、王子さまはこれまでの旅を語り始めます。

王子の星で バ ラ が咲いたこと・・・初めてのバラに王子は感激して世話をしても

強気なバラは 可愛げもなく王子に感謝もしません。


このバラは・・・愛を素直に表現できなかっただけなのですが・・・


うちひしがれた王子は星々をめぐる旅に出ます。


★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★

ぼくは、どんなことになっても、花から逃げたりしちゃいけなかったんだ。

ずるそうなふるまいはしているけれども、根は、やさしいんだということを

くみとらなきゃいけなかったんだ

★━━━━━━━━━━━━━【一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━━★


後になってから、王子さまは自分もバラも、自 己 を 中 心 に 置 き 過 ぎ て い た

と気づくのですが・・・そうして様々な星を旅して行く王子さま。


「王さまの星」 「うぬぼれ男の星」 「呑み助の星」 「実業屋の星」 「点灯夫の星」・・・



どの星に住んでいる人も 王子さまにはこっけいに見えました。ただ、点灯夫の星は

★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★

ぼくが、こっけいに見えないひとといったら、あの人きりだ。それも、あの人が

じぶんのことでなく、ほかのことを考えているからだろう

★━━━━━━━━━━━━━【一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━━★


そうして、「地理学者の星」で王子さまは地球の事を教えて貰います。

7つ目の星、地球で王子さまは5000本のバラが咲いている庭を見つけます。


自分があれ程までに愛したバラが、この星では何の変哲もない花に過ぎない事を

知り、ショックを受けるのですが・・・


そこに現れたのは一匹のキツネ。キツネは王子に話しかけます。そうして王子さまは、

愛 は 時 間 に よ っ て 育 ま れ る と教えられます。共に過ごした時間があるから

こそ、かえがいのない唯一の存在になることを
・・・


★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★

心で見なくちゃ、ものごとはよく見えないってことさ。かんじんなことは、目に

見えないんだよ。(中略)

人間っていうものは、この大切なことを忘れてるんだよ。

★━━━━━━━━━━━━━【一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━━★



星の王子さまの言葉は、そのまま サンテックスの言葉なんだよね。

あるいは、サンテックスの 心 の 声 かもしれません。

ずっとずっと 内側に封印してきた想いかもしれません。


世 界 は 心 に よ っ て 、違 う 姿 を 見 せ る ・・・月夜の砂漠が美しいのは

砂漠が どこかに井戸を隠しているから・・・



やがて、地球から去っていく王子さま。

王子さまと交わした様々な話、それはおとなたちには、誰にもそれがどんなに

大切なことか決して分からない・・・



もしも、あなたが未読であるならば、この作品は大人こそ読むべき作品であると

理解できると思います。 そして、既にお読みになっていたら、サンテックスの

『人 間 の 土 地 』 をぜひ・・・あの作品は、『星の王子さま』の大人版とも読めるも

のですから・・・


それでは、今日はこの辺で・・・またね。




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2013年05月20日

『 森は生きている 』( by マルシャーク) を 「森林の日」に 読む


こんにちは、また来て下さってありがとう。5月20日は「 森林の日 」です。

森林・・・森・・・そうですね、この作品しかないかな?

はい 今日の 読書は 『 森は生きている 』 ( by マルシャーク)


    森は生きている

    著者:サムイル・ヤコヴレヴィチ・マルシャーク/湯浅芳子訳

    出版社:岩波書店

    サイズ:岩波少年文庫 233ページ  


マルシャーク(1887〜1964)ロシア南西部のヴォロネジ市生まれ。詩人であり哲学者

であり翻訳家であり、優れた児童文学者であった人。この『森は生きている』

は、戦後1953年 湯浅芳子氏が翻訳して 岩波書店より出版され 重版を重ねています。


原題は『 十 二 の 月 』 ・・・1年の1月〜12月の12の月のことです。


大晦日の晩に、1月から12月までの 月の精たちが 森に勢揃いする というロシア・スラブ地方の

伝説を元にした 児 童 劇 で、この作品は、脚本をそのまま出版したもの。


よく上演される作品でもありますので、舞台( 歌が楽しい! )を見ても

楽しいと思いますし、普通に 戯曲( シナリオ)として読んでも充分に楽しめると思います。

子ども時代に読んだ時にも、特に違和感なく楽しめました。マルシャーク

は詩人なので、セリフだけではなく、ト書きも詩情豊に物語風に描かれていますから



しかし、タイトルを『森は生きている』と邦訳した湯浅氏のセンスは素晴らしいね。

3月18日にお話した『リトル・ウィメン』を『若草物語』と同じ位に優れた

邦訳だと思います。


また、今回読み直して改めて気がついたのですが、この物語の登場人物たちには

「名前」が付いていないんですね。


老 婆 」 「 む す め 」 「 ま ま む す め 」 「老兵士」 (14歳の)女 王

博 士 」「総理大臣」「女官長」「検事」「西の国の大使」「東の国の大使」などなど。


主人公のはずの「ままむすめ」さえも名前が付けられていないのは面白い・・・

苦労をして、継母にこき使われてきた「ままむすめ」が最後には幸福になるという

ハッピーエンドのシンデレラ・ストーリーです。



さて・・・物語はわがままで高慢な女王様が大晦日の日に、新年のパーティのために

マ ツ ユ キ ソ ウ が 欲しいと言い出した事から始まります。

マツユキソウは春( 早春 )に咲く花、存在するはずの無い花を手に入れようと 女王

は国中にお触れを出します。

マツユキソウを摘んできた者には、かご一杯の金貨や上等のシューバ(外套)などが

賜与されると・・・


よくばりな「老婆」は自分の「むすめ」には行かせず「ままむすめ」に摘んで来いと

大晦日の寒い夜に森に追いやります・・・



★━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━━★

きょうはいったい、どんな日だ? 古い年がおしまいになって、新しい年がはじまるんだよ。

(中略)こんな日には、この世にいろんなことがあるもんだって──

(中略)おおみそかには、それどころじゃない、もっと変わったことだってあるんだよ(中略)

おじいさんの、そのまたおじいさんというのが、ちょうどおおみそかの晩に、

1月から12月までの、のこらずの月に出くわしたというんだ。(中略)

★━━━━━━━━━━━━━【一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━━★


そうして出かけた大晦日の深夜に・・・「ままむすめ」は焚き火を囲んで歌っている

不思議な12人の人たち(年齢はさまざまな)に出会います。

彼らこそ、12の月の精たちでした。

森1.jpg

( 画像引用:youtube Двенадцать месяцев 1 серия ロシアの劇団による上演)


「ままむすめ」を哀れんだ彼らは1時間だけ 森を春に してくれます。4月の精の

担当月で ww まだ若い彼は、「ままむすめ」に婚約の印の 指 輪 までプレゼントして

くれるのでした。そうして、自分たちの事は誰にも言わないようにと・・・


季節が12月から1月、2月、3月と見る見る内に変わり、森はいま4月です!

春を告げるマツユキソウの花が一杯咲き乱れています。



小学生時代にこの物語を読んだとき、私はマツユキソウがどんな花か知りません

でした。この花ですね↓ ヨーロッパ原産種の可憐な花、今ではスノーフレーク

もしくはスノードロップと呼ばれているのではないかしら?鈴蘭水仙とも。

マツユキソウ2.jpg


無事にマツユキソウを籠一杯つんで帰った「ままむすめ」に驚いた老婆たち。

自分たちが摘んだような顔をして早速、新年に御殿に出向くのですが、

女王から、森の咲いている場所に案内せよと命令されてしまいます

困った老婆達は再び女王様御一行と、「ままむすめ」をだまして森に案内させる

のですが・・・



もう一度、12の月たちには会えるのでしょうか? 頼みの綱の指輪は、こっそりと

「むすめ」に奪われ、さらに女王の手に渡ってしまいます。


マツユキソウの咲いている場所に案内しろ、さもないと指輪を捨ててしまうと脅かされ、

12の月の事を話さない「ままむすめ」に業を煮やした女王は 氷の池に指輪を

投げ捨ててしまいます・・・



さて、そこから 舞 台 は め ま ぐ る し く 変 化 します。


見る見る内に、季節が冬からマツユキソウの花咲く へ、そしてシューバを脱ぎ

捨てた 、台風の吹き荒れる を過ぎて 再び寒い寒いが・・・

お付きのものは皆逃げ出してしまい 残されたのは女王と博士だけでした・・・




この物語は、完全な勧善懲悪物語とも言えない所があります。多分、女王のキャラクタと

「ままむすめ」のキャラクタを対比してあるからでしょうが・・・


どちらも両親のいない「みなしご」でありながら、片方は明るく素直な働き者で

もう片方は 国一番の恵まれた少女でありながら、傲慢で横暴、思いやりもなく

そして誰からも愛されてはいません。読んでいると、それはよく分かります。


そして、彼女は「 命 令 」はできても、人に頭を下げて「 お 願 い 」をすることがで

きませんでした。「ままむすめ」や12の月たちに「 御殿に返して 」と謙虚な気持ちで

頼むことが出来たのは、森の寒さに凍え、生まれて初めて大変な思いをして

成長する事ができたから・・・


子ども時代の読書感想文には 「 人間は 自 然 に 反 す る こ と を望んではいけない、と思います」

と書いた記憶もありますけれども・・・女王については単にイヤな奴としか思わなかったなあww


そして意地悪な「老婆」とその「むすめ」はといえば・・・?

そうね、少しは反省すれば人間に戻れるんじゃない?

12の月たちもそう言っていたし ww


さてさて、それでは今日はこの辺で・・・またね。

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2013年05月19日

『 楢山節考 』(by 深沢七郎)を「今村昌平監督カンヌ・グランプリを受賞」の日に読む


こんにちは、また来て下さってありがとう。 5月19日は (少々長いけど)


今村昌平監督が『楢山節考』で カンヌ映画祭グランプリを(正確には・パルムドール)

受賞した日になります。 それでは原作に敬意を表して・・・・・


はい 今日の 読書は 『 楢 山 節 考 』 by 深沢七郎


    楢山節考

    著者:深沢七郎

    出版社:新潮社

    サイズ:文庫 217ページ  


著者は深沢七郎(1914〜1987)山梨県石和町(現在は笛吹市)生まれ。中学時代

にギターを学び、卒業後は職を転々として日劇ミュージックホールにギター奏者

として出演。昭和31年『楢山節考』でデビュー。


雑誌「中央公論」新人賞に応募して受賞したものですが、その時の選考委員が

三島由紀夫・伊東整・武田泰淳という、ため息の出るような錚々たる作家陣・・・

辛口の批評家であった正宗白鳥をして「 人 生 永 遠 の 書 」と言わしめました。


しかし、その後 中央公論に発表した『 風 流 夢 譚 』では皇室を侮辱したという事

で発行元の社長宅が右翼に襲撃され、死者まで出す事件に発展してしまいました。

この「風流夢譚事件」以降は、しばらく休筆して放浪生活・・・。


『風流夢譚』は資料として私も読みましたが、拍子抜けする程 軽い作品であり、

『楢山節考』の完成度には遠く及ばず・・・三島由紀夫の強力なプッシュで掲載

されたそうですが、思想的&政治的な覚悟は何も感じられません。

作品としては・・・うーん、 評 価 の 対 象 外 でした。


その後、「 川端康成賞 」の辞退も含め、埼玉県の自分の畑に「ラブミー牧場」と

名前をつけたり、ユニークな行動でも注目を集めた方です w



作品としては他に、戦国時代の甲州の農民を描いた『 笛 吹 川 』 『 東 京 の プ リ ン ス た ち 』

『 東 北 の 神 武(ずんむ)た ち 』 『 みちのくの 人形たち 』など

他の追随を許さない作風でした。




さて、『楢山節考』です。ストーリィーはよく知られていると思いますが

“ 姥 捨 て 伝 説 ” を元にして描かれた作品です。



時代は近世 おそらくは江戸時代後期で、天保時代以降。

信州の 峻厳な山ふところの小さな貧しい村です。名前さえも付いていない村。

冬には大雪が降り 土地は痩せて収穫も豊かとはいえません。

白いご飯は「白萩様」と呼ばれ、食べられるのは年に一度の楢山祭りの時だけ。

・・・そんな寒村です。


村周辺の人々にはひとつの信仰があります。それは「 お 山 」信仰。


「お山」には神さまがいると信じられています。

山や河川などの自然信仰は 別に珍しくは無いのですが、この村では「お山に行く」

という言葉があります。

薪拾いや炭焼き、その他仕事で単に山に行くのではなく「 楢 山 さ ま の 所 に 行 く

それは「 死 」を意味しています


70歳以上になれば、ひとり家を離れて 奥深い「お山」に入っていかねばなりません。

食料も持たず 高齢者が一人で寒い山に・・・即ち、座して「死」を待つこと。



貧しい寒村では、大勢の人を養う事はできません。収穫量に限りがあるので

適正な人口を保つ為にも、老いて生産性の無くなった人間はもう必要とされない

のですから。

楢山節考2.jpg

( 画像引用:今村昌平『 楢山節考 』DVD  お山での別れのシーン )


お り ん は69歳。一人息子と孫が4人います。御亭主は20年前に死去、息子の嫁は

去年谷底に落ちて死亡してしまったので、ずっと後妻を探していましたが、運よく

隣村から後家になったばかりの 玉 や ん が来てくれてホットしました。


お山に入る準備はもう整えてあります。 山に入る前の晩、儀式で村の衆に呑ま

せるドブロクも 山で自分が座る真新しいムシロも・・・



ただ、気がかりなのは自分の丈夫な のこと・・・年寄りなのに歯が丈夫で 抜けずに

揃っている事は、村では嘲笑の的になります。 役立たずの癖に 如何にも強欲で

大飯食らいに見えるからでしょうか?


自分の歯の数が 替え歌で歌われるのを耳にする度に おりんは胸を痛めます。そうして

何をするかというと・・・毎日、火打ち石で歯を砕こうとします。( 痛そう・・)

思いっきり石臼に 前歯を打ち当てて、口を血だらけにして何とか2本だけ抜いて

しまったのは、玉やんが来てくれてから。


現代の私たちに理解しがたいのが、この件でしょうね。 丈夫な歯が揃っていて

恥ずかしいなんて!

・・・貧しい時代にはね、必要以上の長生きは「 なんですよ。



また、村で最も重い罪とされるのは 食料を盗むこと。豆の入ったカマスを盗もうとした

雨屋の家族は、他の余罪もばれてしまい重い制裁を受けます。

具体的には記しませんが、一家12人が なぜか(?) 村から居なくなってしまったとか・・・





■□─━─━─━─━─━─━□■

かやの木ぎんやん ひきずり女
せがれ孫から ねずみっ子抱いた

■□─━─━─━─━─━─━□■【一部抜粋 】


「ねずみっ子」はひこ孫のこと。ねずみのように沢山子どもを産むという事で

食料不足が恒常化している村では、これも嘲笑の的・・・
   


■□─━─━─━─━─━─━□■

塩屋のおとりさん運がよい
山へ行く日にゃ雪が降る

■□─━─━─━─━─━─━□■【一部抜粋 】


雪が降るのが何で運がよい?と思うでしょう? 昔初めて読んだときには、

雪が降って山に行けなくなる(死期が延びる)からか?と思ったくらいです。

もちろん、そうではなくて山に「着いてから」雪が降るのが運がよい・・・

途中で降られては道中が難儀するし、行く前に大雪が降り積もると行けなくなっ

てしまい、これも恥・・・



丁度、いいタイミングで着いてから雪が降り出すのが良い、のでしょう。

上手く(!)凍死できれば 苦しまずに早く死ねるから、という意味でしょうか?



もちろん、おりんのように覚悟を決めている人だけではありません。

物語中には「死にたくない!」と必死に抵抗する又やんのような老人もいます。

結局は、息子に繩で縛り上げられて「お山」の頂上の手前にある七谷から突き落

とされてしまうのですけれど・・



おりんの息子の 辰 平 は そこまで割り切れず釈然とした思いを抱き続けています。

けれども、孫の けさ吉 が、嫁として同じ村の娘を連れて来てしまい、来年には赤ん坊が

産まれるとなっては、切迫する食糧事情は如何ともし難く おりんの楢山まいりを

受け入れざるを得ませんでした。



この作品では、辰 平 の 母 を 思 う 気 持 ち が終始一貫してバックミュージックのように

流れています。 老母への愛情 VS 村の掟と食糧事情 の狭間で彼が苦しんでい

るのが読者には伝わりますから・・・



さて、儀式も無事に済ませた早朝に、おりんは息子の背負っている背板に乗せられて

二人で楢山さまに向かいます。

山頂に近づくにつれ、空を舞うカラスの数が不吉なほどに増え、足元には

ミイラ化したような死体や白骨が点々と・・・

楢山節考木下.jpg

( 画像引用:木下恵介監督『 楢山節考 』1958年作品 http://www.youtube.com/watch?v=8JBQtm5sAoM

もしも未読の方が、ここまでの概略を読んで思うのはどんな事でしょうか?

なんて陰惨な物語!と感じるでしょうか? 悪しき封建時代の遺物のような物語

と感じるでしょうか?


しかし、実際にこの作品を読んでみると 暗 さ が 全 く 無 い 事に気づくと思います。

少なくとも、おりんは自分の事を可哀想だとは思っていないし、「お山」に行く事を

むしろポジティブに捉えている。



この作品は、発表当時から物議をかもし、アンチ・ヒューマニズムの権化のよう

に言われたりもしました。

ヒューマニズム? いや、そういうレベルで語るべき物語ではありません


確かに、封建的で陰惨、救いようの無い 前近代的な因習と非難するのは容易いけれどもね。

日本が 近代国家になってからは こうした因習に満ちた行為を止めさせる事に成功しました。


それは喜ばしい事なのですが・・・それよりも・・・

現代の私たちは・・・還るべき「お山」を持っているでしょうか?


それとも「お山」は私たちの すぐ傍らに 聳え立っているのに見えないだけなのでしょうか?

あなたは、どう思うかしら? 答えられる人はいるのでしょうか?


だからこそ、永遠の課題として時代を超えて読み継がれるべき作品なのかもしれません。


今日はちょっと重苦しい話でしたね、ごめんなさい。

それでは、またね。



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