2013年05月12日

「 母の日 」に 読む 『 母 の は な し 』  by   群 ようこ


こんにちは、いつも来て下さってありがとう。

「母の日」は 毎年5月の第2日曜日ですから、今年は5月12日です。


「 母 」をテーマにした 文学作品は非常に多く、私が真っ先に思い出すのは

大谷崎の『 母を恋ふる記 』そして『 少将滋幹の母 』をはじめとして 他にも数多くありますが・・・



一般的に「母」の 最大公約数的なイメージは こんな感じではありませんか?

突然ですが、俳句です。


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母の日の てのひらの味 塩むすび    by 鷹羽狩行
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俳句に興味の無い方でも、この句の意味は 理屈抜き・説明抜きでよく分かりますよね。

「おふくろ」というイメージそのままの素直な佳句です。



「母」をテーマにした作品は、母 親 へ の 愛 を描いたものが多いのですが、

最近の「母もの作品」は そうとばかりはいえないものも ww・・・例えば↓


はい 今日の 読書は 『 母のはなし 』 by 群 ようこ


    母のはなし

    著者:群ようこ

    出版社:集英社

    サイズ: 単行本 216ページ



著者の群ようこ氏については3月28日に少々触れましたが、本日は“ 私 小 説

ジャンルの作品を・・・



私的には、群氏はフィクション(小説)よりもエッセイやノンフィクションの

資質の方 だと感じているので、小説は余り読んではいません。


けれども、こういう作品は別です。 エッセイでお馴染みのお母様が主人公ですもの。

作品中に登場する長女の「アカネ」は、そのまま群氏と考えて良いでしょう。



始まりはヒロイン・ハルエさんの娘時代から。

明るい家庭に育ち、学校を出てからは公務員としてお勤め。

父親の死後に縁談がまとまって 東京での結婚生活がスタートします。



この作品は、『母のはなし』というタイトルではありますが、前半は「 両 親 の 話 」

といったほうが良いでしょう。

ただ、主人公は「ハルエさん」なので、お母様の目を通したお父様の姿 になるのですが・・・




これまで群氏のエッセイについては、『 無 印 良 女 』 『 別 人 群 ようこのできるまで 』

『 トラちゃん 』を始めとして お母様や弟さん、特にお母様はエッセイでも

頻繁に登場した方ですので、読者的には 他人とは思えないほど親しみを感じる方です。



ただ、よく分からなかったのが お 父 様 のこと。余り登場されていないし、取り上げ

られた時も、決して好意的な書き方ではなかったので・・・



しかし、悪意や憎しみ、恨みをもって書かれているわけでもない・・・

まるで 赤 の 他 人 を見るように 突き放した書き方ではないかと、読みながら??と

思うことも結構あったので。



ご両親は 群氏が大学入学時に 離婚されたのですが、そのときの様子も

非常にあっさりと「バイバイ」という感じでサヨナラした・・・と表現されていました。


群氏は ベタベタした愛情関係をよしとするタイプではないと思うのですが

それにしても、いったいどんな 夫婦・親子関係なのかと 不思議には思っていました




さて、ハルエさんの新婚生活がスタートしたのは 昭 和 30 年 代 の 前 半 ですから、

日本が まだまだ貧しかった頃。



若い二人が 間借り暮らしから 生活を始めても別に不思議ではないのですが、

ハルエさんにとっては、初めての結婚生活とはいえ、いろいろと不可解な事が多くて・・・


夫のタケシは、今で言うグラフィックデザイナー、もしくはイラストレイター。

家で仕事をするのですが、ハルエには一切の自由もないし、デザイナーだけあって

作った食事の オカズと食器の取り合わせ・色彩効果などに非常に口やかましく言われ、

相当閉口したようですね。


また、家計は任せられず、まず自分の欲しい物が一番であり、生活費は催促され

てシブシブを出すという感じ・・・


結婚して初めて何気なく!言われたことが「以前にも結婚した事がある」って・・・

うーん、それはちょっと・・・???



一番驚いたのは、ハルエさんが 妊娠を告げたときの第一声でした。

「 で ・・・ 誰 の 子 だ ? 」

はあ〜〜? 誰の子だって・・・アンタの子でしょうが! 身に覚えあるんでしょ?

読みながら、思わずツッコミを入れてしまった程です。



さすがのハルエもショックを受けて 泣きじゃくり、タケシのお母様に訴えて

叱ってもらったそうですが・・・

そのとき以来、生まれた子どもが二十歳になったら離婚しようと心に決めたハルエさん・・・。



長女・アカネ、長男・ヒロシが誕生しても 父親らしい自覚も生まれず、

自分のやりたい事をするだけ。


群氏の子ども時代のエッセイを読んでも、転勤の多いサラリーマンでもないのに

頻繁に引っ越しをしているのでどうしてかな、と思っていたのですが、

要するに お父様の 仕 事の 金 回 り 次 第 だったようですね。

まず、自分が欲しいものが全てに優先するタイプといおうか・・・



二人の子どもを抱えて、苦しい家計を補う為に 働きに出るハルエさん。

子ども達も成長するにつれ、父親を批判の目で見るようになり、タケシの存在が

益々疎ましくなっていきます。



悪い意味で徹底した個人主義者だったみたいで、アカネが大学に入学した時にも

入学金として用意したお金で カメラのレンズを買ってしまったり・・・



まあ、はっきり言えば「 結 婚 生 活 に は 向 か な い タ イ プ 」だったのでしょうね。

友人として交際すれば 良い面もきっと有るのでしょうが、「 」としては いかがなものか?

というタイプの男性だったのでしょう。



離婚以来、群氏のエッセイでも お父様の消息の事は一切書かれていませんし

私は そこに 群 氏 の 強 烈 な 意 志 を感じます。



さて、離婚してからもハルエさんの奮闘は続きます。 賄婦などをして調理師の

免許を取ったりして、苦しくとも精神的には楽になったのではないでしょうか。



そうして、アカネこと 群氏の作家デビュー。

きっかけは3月30日にも少し触れましたが、勤務していた「本の雑誌社」から

『 午 前 零 時 の 玄 米 パ ン 』を刊行、以後は順調に作家・エッセイストとしての

キャリアを積み上げていったのは、あなたも御存知の通りです。




これまでの ハルエさんの苦労も報われて、良かった良かった、めでたしめでたし・・・

・・・のはずと思いきや、今度は ア カ ネ の 苦 労 が始まります ww



それは 、ズバリ「 お ね だ り 」。 「 お姉ちゃん、あれが欲しい これが欲しい 」・・・



1998年に出版された 群氏と西原理恵子氏との対談集 『 鳥 頭 対 談 』 で、お母様の

浪費癖の事を 愚痴っておられましたが、私は、多少の無駄遣いも好いのではな

いかと思っていました。


子どもが完全に独立した後、母親が、残りの人生を 美味しいものを食べたり

好きな洋服や着物を買ったり、たまに海外旅行に行ったりして余生を楽しく過ごす。

・・・いいんじゃない?



これまで苦労したのだし、群氏も普通のOL以上の収入はあると思うので、

多少の援助をしてあげても良いのでは?と思っていたのですが、甘かった ww



「 多 少 」の援助どころか、月々の結構な仕送り額にプラスしての「おねだり」は

エスカレートして行く一方でして・・・まるで「ショッピングの女王」状態 ww


また、年とともに、これまでは 働いて社会生活の中で抑えられていた 自慢癖や

自我の強さが剥き出しになり、アカネを閉口させます



ついには、 家 を 建 て た い と言い出して・・・それでも断らずに 殆どお金を負担して

「これで最後にして!」 と母と弟の為に頑張ったアカネ。


・・・しかも、出来上がった家には、 ア カ ネ の た め の 部 屋 も な い という

笑えないオチまでついていました ww



そうして最後には病気で倒れてしまうのですが・・・持ち直したものの、

年齢的なこともあり、記憶がかなり混乱しているようです。

それでも、リハビリの末に 退院も出来て相変わらず元気なハルエさん・・・・・



読者としては 笑っていいのか悪いのか、 や や 複 雑 な 気 持 ち になった一冊でした。


「いいかげんにしろ!」という群氏の怒りも感じさせられましたが、それでも

根 底 に あ る の は お 母 様 へ の 愛 情 ですね。

かなり突き放して 書かれてはいますが、見捨ててはいない。



群氏のお母様には 失礼な表現かもしれませんが、夫には恵まれなかった代わりに

娘に恵まれたのではないでしょうか。


それとも、「娘」というよりも「 息 子 」の よ う な 立 場 だったのでしょうか?



いやいや・・・「娘」や「息子」を超えて、与えられなかった 「 良 き 夫 」と し て の 役 割

を果たしたのではないかと・・・・・



もちろん、もうお年ですから、回復してもいずれは・・・と思われますが、

人生をトータルすると 幸福な生涯ではなかったかと思います。


そんな「母」の物語・・・やっぱり根底は愛情だったかな?


それでは、今日はこの辺で・・・またね。




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2013年05月11日

「 朔太郎忌 」に 読む 『 月に吠える 』   by  萩原 朔太郎


こんにちは、今日も来て下さってありがとう。

5月11日は 詩人の萩原朔太郎の忌日になります。


真っ先に思い出す詩集といえば・・・こちらでしょうか↓


    月に吠える 詩集( 愛蔵版詩集シリーズ )

    著者:萩原 朔太郎

    出版社: 日本図書センター

    サイズ: 単行本 286ページ



その他、各社の文庫で萩原朔太郎の詩を読む事ができますが、抜粋版が多いようですね。

完全版の『 月に吠える 』と『 青 猫 』が収録されているのはこちらかな↓


    月に吠える 

    著者:萩原 朔太郎

    出版社:Sdp

    サイズ:文庫 219ページ




萩原朔太郎(1886〜1942)大正から昭和にかけての詩人。「 日 本 近 代 詩 の 父 」

称されています。 群馬県前橋市生まれで、前橋市の “ 萩原朔太郎記念・水と緑と詩のまち 前橋文学館 ”

には 朔太郎の常設展示室 が設けられ、自筆原稿や愛蔵品・書簡等が紹介されています。


父親は開業医であり、長男で朔日(ついたち)生まれなので 朔太郎と命名されました。

誕生日は11月1日、没した日は11日・・・偶然でしょうけれど。


孤独を好み、病弱で 神経質な子ども時代 を経て、はじめは与謝野晶子や啄木の影響下で

短歌を作り、後に詩作に転じました。


『 月に吠える 』は彼の第一詩集です。


1917年(大正6年)に刊行され、詩壇にセンセーショナルな衝撃を与えました。

近代知識人の 孤 独 や 不 安 を鋭い感覚で、見事に形にした作品でしたから・・・


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詩は 神秘でも象徴でも何でもない。

詩はただ 病める魂の所有者と 孤独者との寂しい慰めである

★━━━━━━━━━━━━━【一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━━★


病 め る 魂 」と「 孤 独 」・・・萩原朔太郎の詩の重要なキーワードでしょうね。



初めてこの詩集に触れたのは 中学生時代だったかしら、父親の蔵書にこの一冊が

ありましたので。それまで、知っていたのは名前だけでしたが、一読後の第一印象が

芥 川 龍 之 介 に似ているなあ・・・ 」でした。



その頃、芥川作品は主要なものは読んでいたので、特に『 侏 儒 の 言 葉 』『 歯 車 』

と共通するものを感じたのです。



しかし、父親は 私が萩原朔太郎の詩を読むのは嫌がりました。 芥川の作品は

むしろ推奨していたのにね。理由を聞くと返って来た答が「不健康だから」・・・・・



確かに 健康的で向日的とはいい難い 作品が殆どなんでしょうが。


もちろん、健康・不健康と言っても、それは肉体的・身体的なものだけを指すの

ではない事はすぐ分かりました。


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「 地面の底の病気の顔 」


地面の底に顔があらわれ

さみしい病人の顔があらわれ

地面の底のくらやみに

★━━━━━━━━━━━━━【一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━━★


「 竹とその哀傷 」で冒頭に掲載された 「 地 面 の 底 の 病 気 の 顔 」です。

句読点( 。)と( 、)の使い方が絶妙 ですね。


この『月に吠える』では 「 竹 」という作品が最も有名で

教科書にも取り上げられているそうですが


「 光る地面に竹が生え、青竹が生え、」と始まり「 青空のもとに竹が生え、竹、竹、

竹が生え。」で終わる詩のことです。



私が最も好んだのは・・・・・この詩でした。あなたも御存知ではないかしら?


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「 猫 」

まつくろけの猫が二疋、

 
なやましいよるの家根のうへで、

 
ぴんとたてた尻尾のさきから、

      、、、、、     
絲のやうなみかづきがかすんでゐる。

 
『おわあ、こんばんは』

 
『おわあ、こんばんは』

 
『おぎやあ、おぎやあ、おぎやあ』

 
『おわああ、ここの家の主人は病氣です』


★━━━━━━━━━━━━━【一部抜粋 】━━━━━━━━━━━━━━━★


発情期の猫( 俳句では“恋猫”という季語にもなっています )を歌った作品です。


読んでいて、途中までは「ああ、確かに猫ってこんな風な声を出すよねー」と、

面白いと思っていても、最後の一行で読者はストーンと陥されます


脈絡なく、突然「 ここの家の主人は病気です 」って・・・朔太郎自身の事かもしれませんが、

まるで何かの予言のようで、しばらくは 猫の叫び声が怖くなったほどでした。




また、この詩も人口に膾炙していますよね。“北原白秋氏に捧ぐ”と献辞の付され

『 純 情 小 曲 集 』に収められた 「 旅 上 」・・・


「 ふらんすへ行きたしと思へど  ふらんすはあまりに遠し 」と始まる詩。


この最初の2行が完全に一人歩きしてしまいましたが、まるでハイネか 三好達治

を思わせるような 美しい詩です。



決して難しい言葉は使用せず、それでいてドキリとするような、鈍く光る刃物の

ような言葉が迫ってくる作品群── 心 の 底 の 孤 独 感 ・ 不 安 ・ 焦 燥 感 ──は、

現代の 私たちにとっても色あせるものではありません。


むしろ・・・時とともに鮮烈になるような・・・


朔太郎の詩作は 青空文庫で公開されていますので、興味のある方は御一読を、ね。

http://www.aozora.gr.jp/index_pages/person67.html (青空文庫作家別作品リスト:NO.67)



さて、詩人としてはともかく、家 庭 人 と し て の 萩 原 朔 太 郎 ですが・・・

「良き夫」とはいえなかったでしょうね、控えめにいっても。



こういう鋭すぎるほど鋭い感性を備えた男性を夫にするのは、妻としても相当の

覚悟が必要かもしれませんが、それだけではなく 朔太郎の母親や姉も相当問題の

あるタイプだったようで
・・・



単純な 嫁姑の確執というレベルではありません。凄まじいよ・・・



2回結婚していますが、朔太郎自身も、妻をかばう事はなく 一貫して無視か

逃げ回るかで、仲良くしようという努力は一切放棄していたみたい。


「近代詩の父」ではあっても、子どもにとってのリアルな父としては?????

長女の 萩 原 葉 子 氏の著作を何冊か読みましたが、機会があればその作品にも触れ

てみたいとは思うのですが・・・。



さて、それでは今日はこの辺でお終いにしましょう。またね・・・。



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2013年05月10日

「山口洋子氏の誕生日」に読む 『 ザ・ラストワルツ 「姫」という酒場 』 by  山口洋子

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 山口洋子氏は、2014年9月6日に永眠されました。

 氏の御冥福を心よりお祈り申上げます。

 波乱万丈の昭和の戦後を生き抜き、作詞・小説と多彩な才に恵まれた方でした。

 山口洋子さま、今はただ、天国で安らかにお眠り下さい。

                         あなたのファンより

                         2014年9月秋雨を聴きながら

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こんにちは、いつも来て下さってありがとう。


さて、5月10日は 直木賞作家山口洋子氏のお誕生日です。

最近は 療養中とのことで、殆ど作品も発表されてはいませんが、

氏に敬意を表してこの作品を・・・・・

山口洋子ラストワルツ.jpg
    ザ・ラストワルツ 「姫」という酒場

    著者:山口洋子

    出版社: 文藝春秋

    サイズ: 文庫 196ページ



著者は 山口洋子氏です。あなたは山口氏といえば真っ先に何を連想するでしょう?

直 木 賞 作 家 として?  「よこはま・たそがれ」や「千曲川」「ブランデーグラス」等の

作 詞 家 として?  それとも銀座の ク ラ ブ 「 姫 」の マ マ として?・・・・・



この方の経歴は 非常に興味深い。だって、元・女優さんですもの。

東映ニューフェイスの4期生で 同期には 山城新伍や 佐久間佳子がいたのですって。



この頃の事は 作品やエッセイにも書かれていますが、 当時の東映では 女優さんは

まずキレイでなければいけないという不文律があったみたいですね。



個性派女優というカテゴリは無かったみたい。撮影所にジーンズで通い、顰蹙をかった

そうですから。その後、大部屋女優のお給料では到底食べてゆけず、アルバイトで

キャバレーのホステス(当時はダンサー)として勤めたのが水商売のきっかけとか。




まもなく東映を辞めて、銀座に小さなバー「 姫 」をオープンしたのが1956年(昭和31年)

19 歳 の 銀 座 で 一 番 若 い マ ダ ム であったとか・・・



エッセイでも 語られていますが、運転資金もなく 当日の売り上げだけが頼りの

自転車操業だったようですね。けれども、日本が 右肩上がりの高度成長期の入り口に

あった頃・・・ほんの数坪のお店から 銀座でトップクラスの高級店にまで成長しました。


時代も良かったのかもしれませんが、経営者としての山口氏の手腕は

もっと評価されてもよいと思うのですが・・・



『 ザ・ラストワルツ─「姫」という酒場 』は そんな山口氏の銀座暮らしの思い出・・・

・・・・1993年に 経営権を譲渡するまでの 3 7 年 間 を 哀 切 に 綴 っ た 作 品 です。



ホステスさんを選ぶ基準を、とにかく美人を、ママである自分以上の美人を!

と考えて採用した結果、銀座で一番美人のいるクラブとも言われたそうです。


↓ 表紙を拡大してみると ↓

姫2.jpg


一番右端が 山口氏です。 この頃で30代の半ば位、作 詞 活 動 を始められた頃かな?


左側にいるミニスカートの若い女性は 飯野矢住代さん、1968年( 昭和43年 )の

ミス・ユニバース日本代表だった方です。ホステスさんとしては長続きせずに

退店後は 21歳で事故死されたそうですが・・・



この『 ザ・ラストワルツ〜 』は 飯野嬢だけではなく、若くして自死してしまったり、

不本意な死に方をした女性たちへの 鎮 魂 の 書 でもあります。



また、「 客 」として「 姫 」を訪れた 魅力的な作家・俳優たちの素顔も・・・・・

また、写真も沢山挿入されていますので、当時の「 華 」ある銀座の 社交場としての

姿をしのぶ事もできます。



さて、60年代後半の頃から 銀座も変わり始めたと言われているそうです。

かっての茶の間的な良さから よりゴージャスな場へと変化していきます。

大資本の進出、そしてホステスの日給が異常に上がっていき、銀座から「粋」が

消えていった・・・とか。

そうして、個人オーナーによる 酒場経営は益々苦しくなっていったそうです・・・



作詞から エッセイの執筆、そして小説家へと シフトして行くのは

山口氏にとっては 自然な流れであったように思われます。




初めて 山口氏の小説作品を読んだのは『 半 ダ ー ス も の 情 事 』( 光文社文庫 )という短編集。

かれこれ、もう・・・30年近く前のことではなかったかしら。 読んだのは全くの偶然です。


私は 外出時にも 本を必ず持参するのですが、たまたま忘れた日があり、地下鉄構内の

フリー文庫( 殆どが寄附本で、誰でも自由に読めるもの )で目にしたこの本を

何気なく借りたのがきっかけでした。



あー、山口洋子? 演歌の作詞する人? バーのママさんだよねー、ふーん。

小説も書いてるんだ・・・ちょっと読んでみようかな?  そんな興味本位でね。



・・・驚きました。 面白かったから。 びっくりする程 う ま い 小 説 でした。

あまりの面白さに 自分の降りる駅も忘れて読みふけった程です。



いわゆる「 お水の花道 」系の作品群( 主人公がクラブのママ等 )なんですが、

どの作品も 女 の 情 念 が 迫 っ て く る よ う な リ ア ル さ に満ちていました。

他の男性作家が 水商売ものをテーマにして描いたのとは全然違いましたね。



現場の人間でなければ分からない・書けないだろうなと思わせる迫力がありました。

5月2日 に 半村良氏の 水商売もの作品を取り上げましたが、あちらは一種のファ

ンタジー、もしくは 理 想 と し て の 酒 場 の 物 語 でしたから・・・


山口氏は 経営者としての視点で見ておられましたから、シビアにお金の事なども

テーマになってきます
。 当然、どろどろした面や 男女の愛欲もお金がらみで・・・



その後は 御存知のように1985年( 昭和60年 )『 演 歌 の 虫 』&『 老 梅 』の2作品

に対して、直木賞を受賞!


受賞以前にも2回候補に上っていたのですが・・・・・

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某大御所が、「あーあ、バーのママが直木賞候補だと、俺はもう選考委員なんか

やってられない」といって、それを聞かれた吉行(淳之介)先生が、「なに、いい

作品を書けば、酒場のマダムだろうと人殺しだろうと、いいんじゃないのか」と

色をなしていってくださったとか。

★━━━━━━━━━【エッセイ『 階 段 』より一部抜粋 】━━━━━━━━━━★


そう・・・この頃、週刊誌などで からかい半分の記事を読んだ記憶もあります。

既に一流の作詞家でもあるのに、まず紹介されるのは『 姫 』のママとしてでしたから

確かに、既に現場からは離れていても、オーナーは山口氏だったのですが・・・



もう少し早く手放してしまえば、負担も少なくて良かったのかもしれませんが

それだけ、山口氏にとって「 姫 」は愛着のある存在だったのかもしれませんね。

山口氏が育て上げた酒場「 姫 」でしたが、逆に「 姫 」によって 山口氏も育てられ

たのではないかと
・・・・・そんな事も考えました。


山口氏は体調を崩して(高血圧?)ずっと療養中だそうですが、何とか健康を

取り戻して欲しいと、ファンとしては願うばかりです。


さてと・・・今日は これでお終いにしましょうか。  またね・・・。



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posted by cat-of-many-tales at 00:00| Comment(2) | 日本のエッセイ&ノンフィクション | このブログの読者になる | 更新情報をチェックする
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